第20話 俺は西方伯家の信条を聞く
カエデ達が夕食後のデザートを食べ終え、今日も夜更かしをする為に食堂を出てベッドに潜り込んだ頃、ルトガーさんが西方伯邸で起こった出来事を話し始めた。
「西方伯邸で私達に対応したのは西方伯第1夫人のヴァンダ様でした。午前中男爵様と2人で出向いた時は大きな問題も無く、両家の協議は滞り無く行われました。男爵家の魔法教室やアリー様について夫人が質問された為、偶に話が逸れて時間が掛かりましたが」
飲み切って空っぽになったコップを見下ろして、ルトガーさんは少し残念そうな表情を示している。
父さんが自室から出て来たらきっと酒を飲むだろうから、その時にもう一杯貰って下さい。
「午前中に夫人とは随分と話したのでもう話す事は無いだろうと旦那様も判断し、帰宅後お昼も食べずにマリーを連れて西方伯邸に戻ったのですが、そうはいきませんでした」
なるほど、父さんの読みが外れたのか。
「はい、男爵様の予想に反して夫人はマリーに興味を示し、長々と話し始めました。両親や兄弟の事、魔力検査の時の様子などをマリーに質問されていました。男爵家の顔にこれ以上泥を塗らないようにと、マリーが誠実に答え過ぎたのがまた良くなかった。いや、マリーは男爵家の家人として素晴らしい対応をしてくれました。後程、マリーを褒めてあげて下さい」
マリーに対して申し訳ないと思ったらしいルトガーさんに頭を下げられる。
まあルトガーさんがそこまで言うのならマリーに優しい言葉を掛けるのは吝かでは無い。勉強せずに昼寝をした事に対してちょっと悪いなという気持ちもあるからな。
しかし、なんでそこまで夫人はマリーに興味を持ったんだ?確かにおめかしして可愛らしい格好をしてたけど、そこまで注目されるような事もないような。
「事前にマリーについて調査なさっていたようです。まあマリーの両親も有名ですし、歴代の魔力検査結果を問い合わせたらマリーの名はかなり上位に出て来ますから、概要を掴む事は簡単だったでしょう」
そういえば、能無しの俺にいつもくっ付いているマリーは冒険者ギルドでも知られた存在だったな。それであの青少年達もマリーに絡んで行って返り討ちに有った訳だし。
でも調査結果の中で、何が夫人の琴線に触れたんだろうか。
「ゲオルグ様、昨日図書館で借りたエーデ少年の物語は読まれましたか?」
うん、昼間にサクラに請われて読んだよ。文字は少なかったけど、なかなか面白い児童書だった。最終的に魔法の力で1人空の上の神界に達したという記述で結んでいたけど、神になったという解釈でいいのかな。それとも空を超えて天に瞬く星々のどれかに到達したという話なのかな。
「一般的には神になったという解釈でしょうね」
この国で男性神と言えばシュバルト様だけど、少年エーデがシュバルト様になったってこと?
「これは物語ですので、本当に神になってはいません。と言って話を切り捨てるのは簡単ですが、実はこの物語を自分達の先祖の話なんだと主張する貴族家が有るんですよ」
はあ?
自分達の先祖が神になったって、そんな突拍子も無い話を信じてる人達がいるのか。俺も神に会った事はあるけど、人が神になれるなんて思った事はないぞ。
あ、なるほど。そういう権威付けが大事な人達と言えば、ずばり王家でしょ?
「ん〜、残念。ハズレです。正解は、西方伯家です」
なんでそんなに溜めるんだよ。どこかのクイズ番組か。
でもどうして西方伯が。エーデ少年が最初に住んでいた村が、西の山脈の麓、つまり西方伯領内にあったから?
「なかなか良い推理ですが、それだけでは無いんです。西方伯西方伯と呼ばれるのであまり聴き慣れないかと思いますが、西方伯家の姓は、エーデと言います」
物語の主人公の名と同じ。それって単純に、西方伯家が自分の姓を使って物語を創作したって事じゃないの?
「そう思いますよね。でもこの物語、王国設立以前からある民間伝承だという話なんです。西方伯家が誕生するずっと前から、エーデ姓を持つ人々が受け継いで来た物語なんだとか」
えっ、でも確か物語の冒頭は、ストラオス王国の西の山脈、って書いたあったと思うけど。本当に王国設立前からある物語なら、そういう書き方は出来ないでしょ。
「その辺は読み手が感情移入しやすいように、後の誰かが加筆したんでしょうね。まあ大事なのはそこじゃ無く、この物語をエーデ姓の西方伯家が大切に思っていると言うことです」
はぁ。まあそれは別に良いと思う。過去の事なんて誰にも証明出来ないんだから、そういう夢を持ってても良いよね。
もしかしてマリーが絡まれた面倒事に西方伯家が絡んでいる事を知ったから、あえてこの本を借りたの?
「まあ、そういう事ですね。相手の信条を知る事は大切ですから。で、ここからが1番大事なところなんですが。西方伯家はもう1度、もう1度西方伯家から神を輩出したいと思っているんですよ」
真面目な顔をしてそんな事を言うルトガーさんに対して、俺は嘘つけと思いっきり突っ込んだ。
ルトガーさんがとんでもない事を口走るから、どうしてマリーが夫人に気に入られたのかなんていう疑問はすっかりと忘れてしまっていた。




