第19話 俺は昼寝から気持ち良く目覚める
昼寝から目覚めた俺がベッドに寝転んだまま首を動かして時計の針を確認すると、ベッドに入る前から約2時間程進んでいた。
ぐぅっと手足を伸ばす。誰にも邪魔されず、自分の意思で目覚める昼寝のなんと気持ちの良い事か。寝覚めもスッキリ。午前中にカエデと動き回って蓄積した疲労が跡形もなく抜けてしまったようだ。
しかし、マリーが起こしに来ないなんて変だな。
見つかったら叩き起こされる覚悟をしてベッドに潜り込んだんだけど、どうやらマリーは部屋に来なかったようだ。鍵のかからない我が部屋の扉は俺の意思に反して誰でも簡単に素通しするから、マリーが遠慮して部屋に立ち入らなかったなんて事もないはずだ。
流石のマリーも呆れちゃったかな。昼寝せずに勉強しなさいと言ってたからな。
よし、取り敢えずマリーに謝ろう。なんならマリーを外に連れ出して、好きな食べ物でも奢ってやるか。機嫌を直してもらったら、一緒に勉強を。
いや、勉強するかどうかはその時に考えよう。今はマリーを見つけて謝罪する事が先決だ。
一眠りしてスッキリした頭で考えを巡らせた俺は、マリーを探す為にベッドから飛び降りた。
「男爵様達はまだ帰宅されていません」
自室を出て最初に出会ったメイドさんに質問すると、予想していなかった答えが返って来た。
パッと行って謝罪してすぐに帰って来るという話だったからもう戻って来てると思ったんだが、何か問題でも起こったんだろうか。誰か事情を確認しに行ったりしてるのかな。
「申し訳ありません。そこまでは認識していませんでした。リリー様に確認して来ます」
あ、いや大丈夫だよ。母さんには自分で聞いてみるから。仕事の手を止めさせてごめんね、ありがとう。
メイドさんと別れ、カエデ達と遊んでいた母さんを見つけて質問した。
母さんは笑って、心配し過ぎよと返して来た。相手の都合もあるから予定通りに行かない事の方が多いし、何より父さんはよく約束を破るからと。
約束をよく破る人というレッテルを貼られている父さんに少し同情していると、サクラが本を読んでと近寄って来た。カエデは母さんに纏わりついて、動物図鑑を一緒に眺めている。
手に持っているのは昨日図書館で借りて来た児童書だ。その本を選んだルトガーさんが言うには、この世界を治めている神様に愛された人間の物語だそうだ。1度パラパラと頁を捲ってみたが、挿絵が少なく結構な文字量の作品だった。児童書としては長編の部類に入ると思う。
「にいさま、よんで」
おう、ごめんごめん。最初から普通に読めばいいのかな?
「うん、よんで」
じゃ、始めようか。ソファーに座った俺は膝にサクラを乗せ、サクラにも見えるように児童書を開いた。
ストラオス王国の西にある大きな山脈の麓に、小さな村が有りました。その村に住む牛飼いの少年エーデは、村人達から恐れられていました。エーデは幼き頃から魔法の才能を発揮し、村の大人達が知らない不思議な魔法を使う事が出来たからです。
「うしさん?」
そうだよ、牛さんだよ。今カエデと母さんが見ている動物図鑑にも居たでしょ?
「うん。ねこさんよりおおきい」
そうだよ、よく知ってるね。サクラは賢いね。
サクラの頭を優しく撫でてやると、口角を上げ、目を細めて気持ち良さそうに破顔した。猫みたいな反応だ。前世で飼っていた老猫も、頭を撫でられるのが好きだったな。
「にいさま、つぎ」
おっと、ごめんごめん。
時折挟んで来るサクラの疑問に答えながら、ゆっくり時間を掛けて児童書を読み終えた。サクラに請われてもう一周読み返したが、それでも父さん達は帰って来なかった。
料理長達が夕食の準備を終えた頃になって、父さん達は漸く帰って来た。ルトガーさんはいつも通りに見えたが父さんとマリーは随分と疲弊した雰囲気で、ちょっと休ませてくれと言って2人とも自室に篭ってしまった。
「仕方ないわね。冷めないうちに私達は食べちゃいましょうか」
母さんの提案に乗って、俺もカエデ達と一緒に食卓に着いた。一応2人にも声を掛けたが、後で食べるという言葉しか返って来なかった。マリーはともかく、カエデ達との食事を楽しみに日々暮らしている父さんまでもとは意外だった。
「西方伯邸で色々と有りまして。私も思いの外疲労を感じています」
カエデ達がフォークを使って一生懸命ハンバーグを食べる微笑ましい姿を見ながら、ルトガーさんが珍しく弱音を吐く。一体何が有ったのか、聞いてもいいんだろうか。
「ええ、後程坊っちゃまにもお話ししますが、今は少し休息させてください」
そう主張するルトガーさんに母さんがお酒を勧めている。俺が知る限り飲酒はルトガーさん唯一の楽しみだから、いい息抜きになるだろう。カエデ様達の前ではと固辞しているが、料理長特製ハンバーグに夢中なカエデ達がお酒に興味を示す事はないよ。だからコップ一杯のお酒を飲んで心を落ち着かせて、それから西方伯邸での話を教えてください。




