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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第8章
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第12話 俺は猛獣の手綱を手放す

「俺は、お前の仕える貴族の息子より、俺が仕える貴族の息子の方が立派だからこっちに来た方が得だぞって教えてやっただけだ」


 青少年が言い放った言葉に、マリーだけじゃなくてルトガーさんも反応する。マリーのように即座に魔法で攻撃出来る態勢に移行する事は無かったが、謝罪を要求すると言い放った言葉には力強さを感じた。


 マリーが仕えている貴族の息子、つまり俺の事だろうな。で、俺が青少年の仕えている貴族の息子より劣ると。


 わはは、実にくだらない話だ。その貴族の息子がどこの誰かは知らないが、さぞかし立派な人格者なんでしょうね。


「声を出して笑ってる場合じゃないですよ。馬鹿にされたんですから多少は怒ってください」


 ルトガーさんの隣に居たマリーが数歩下がって来て俺に注意する。


 相手に攻撃出来ないからって、その怒りの感情を俺に向けて発散するのは止めて欲しいな。


 向こうが言う貴族の息子とやらがどんな人なのか分からないのに、そんな人と比べられたって何も響かないよ。もしその相手が第一王子だったら、負けていると言われても納得だしね。


「ゲオルグ様はどの王子より優秀だと私は思ってますよ」


 ははは、ありがとうマリー。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、あまり大きな声で言って欲しくはなかったかな。野次馬から聞こえる微かな笑い声が俺の心を動揺させるからね。


 ん?


 つまり、マリーが男爵家に仕えている家の子だと知っていて、マリーに声を掛けたって事か?


 ただ可愛い子が居たからナンパしたってわけじゃなかったのか。残念だったねマリー。


「それはどう言う意味ですか?いつものように吹っ飛ばされたいんですか?」


 いつもって、今まで1度も無いよね?早く前言撤回しないと、野次馬の皆さんに変な誤解が。


「冒険者ギルドに通っていたら男爵家の能無しとそれと一緒に居る者の話はよく耳にする。能無しに仕えていて可哀想だってな。折角その能無しから解放させてやろうと思ったが、とんだじゃじゃ馬だったな。お前にはラウレンツ様は勿体ない。能無しに仕えているのがお似あ、ひっ」


 魔法を発動しながら駆け出して行こうとするマリーの左腕を両手でガッチリと握りしめる。どうどうどう、じゃじゃ馬さん落ち着いて。怒りたくなる気持ちも分かるけどちょっと抑えて。


「よ、よし、いいぞ能無し。そのままその馬鹿を離すなよ」


 あっ、手が滑った。


 その瞬間、馬鹿と言われたじゃじゃ馬は猛獣となって走り出す。猛獣がルトガーさんの隣を駆け抜けた時、その右手には金属魔法で作り出した巨大な拳が完成していて、猛獣は重厚な金属拳を振り上げながら青少年をぶん殴ってやろうと襲い掛かった。


「そこまでだ」


 野次馬の壁を割って現れた男性の言葉を受けてマリーはピタリと静止する。襲い掛かるマリーを見て腰を抜かした青少年を守ろうと同行していた大人達がマリーとの間に割り込んでいたが、間一髪誰も怪我をする事はなかった。


「マリー君。冒険者ギルドと違って公道内で他人を傷付けたら、どんな理由があろうと我々が逮捕しなければならなくなる。ここは私の顔を立てて、矛を収めてくれないかね?」


 落ち着いた声でマリーに優しく語りかけたのは、王都警備隊市街地区副隊長のダミアンさんだった。




「ルトガーさんも、きちんとマリー君の動きを制して下さいよ。最後のアレは完全に見逃してましたよね?」


「いえいえ、視界の外から鋭く飛び出して行ったマリーに身体が追い付かなかっただけですよ。いやはや、歳は取りたくないですね」


「ははは、ルトガーさんは私より歳下の筈ですがね」


「いやいや、ダミアンさんが実年齢と比べてお若いだけですよ」


「そういえば、最近娘からも若くなったんじゃないかと褒められたところでして。嬉しくなってついつい欲しいと強請られた物を買い与えたら、妻に怒られたんですがね」


「いや、良い娘さんがいて羨ましいですね。私は結婚もまだですから」


「なんなら我が隊の女性を紹介しましょうか?なにぶん気が強くて、結婚相手が見つからない者ばかりですが」


 わはは、なんだこの会話は。ダミアンさんもあまり口を滑らせると後が怖いですよ。後ろで女性の隊員さんが指をポキポキ鳴らしてますからね。さっきの青少年みたいに1人で立てなくなっても知りませんよ。


 王都警備隊の皆さんが俺達の諍いに割って入った後、俺達はダミアンさん等に連れられてその場を後にした。向こうの青少年達もダミアンさんの部下達に連れられて歩いて行ったから、どこかで俺たちと同じような注意を受けているんだろう。


 しかし、あの青少年が口走ったラウレンツというのはどこの誰だろう。その名前は全く聞き覚えがないな。


「ラウレンツ君は西方伯家の男子ですな。私の娘と同級生で、学年首位を争う秀才だと娘から聞いていますね。因みに私の娘も中々良い成績を収めているんだがね」


 ダミアンさんの娘さんと同学年って事は、姉さんともそうって事か。姉さんからその名前は全く聞いたことがないけど。


「うちの娘の名はどうかね?デリアというのだが」


 残念ながらその名前も聞いた事がないです。今度聞いてみますね。


 ちょっと残念そうに肩を落とすダミアンさんが部下から窘められている。世間話なら職務外に、全くその通りです。すみません。


「まあ、あまり公道上で問題を起こさないように。しつこく何度も絡まれるようなら警備隊の詰所を頼るといい。保護してもらえるよう連絡しておくからね。ではまた今度、食事をご馳走になりに行くよ」


 俺達に注意を促した警備隊の皆さんは職務に戻って行ったが、俺の隣に居るマリーはまだ怒りが治らないようだった。

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