第9話 俺はロミルダの将来を心配する
「うふふ、ふふ、ふふふふ」
完成した浸種用の魔導具を眺めながら、ロミルダが周囲に笑顔を振り撒いている。
昨日初めて作った魔導具が、一晩経っても目の前でちゃんと稼働している。それが嬉しいのは分かるが、徹夜して見守り続けるのはどうなの?
水温を低めに保つ為に温室の外に設置した魔導具の隣で、ロミルダは一晩を過ごしたらしい。流石にロミルダ1人じゃなくて、父さんが魔導具の管理を頼んだ村の大人の人も一緒だったけど。しかし大人の人は交代制で、完徹した人はロミルダしかいないはずだ。皆が集まって朝のラジオ体操をしている時も姿を見せなかったし、ロミルダの両親もさぞ心配しただろう。
「でも今日で種籾の浸種は終わってしまうんですよ。もうこの子は来年まで動かないんですよ?」
正気ですか?みたいな目で見られても。魔導具を子供と称するロミルダに引いてる俺がいるぞ。
「折角作ったんですから、せめてこの子が今年の役目を終えるまでは見守ってあげたいんです」
う、うん、わかった。自分の作品に愛情を持つ事は大事だよね。
ロミルダが結婚して子供が産まれたら、物凄く子煩悩なお母さんになりそうだな。その愛情深さから、子離れ出来ない母親にならないといいんだけど。将来の旦那さん、ロミルダの愛情が子供の負担にならないように気をつけてあげてください。
柔和な笑みで魔導具を撫でているロミルダは可愛らしくてこちらの気持ちも和むんだけど、ちょっと将来が心配になるよね。
「ゲオルグ様が最初に作った魔導具は何だったんですか?」
我が子を愛でる母親をぼーっと眺めていた俺に、そういえばとロミルダが話題を振って来る。
ぼーっとしていた頭を切り替えて思い出す。
あれは俺が魔力検査を受ける前の年だったかな。最初に自分の手を動かして作ろうとしたのはフライヤーだった。ほら、揚げ物を作る時の魔導具。まあ俺が作ったのは鉱石を使用した試作機で、本格的に売り出した魔導具はソゾンさんが改良して完成させた物だったけどね。俺が作った試作機は、もう捨てられちゃってるだろうな。
「その時からマリーさんは魔導具作りを手伝っているんですか?」
そうだね。フライヤーの時はソゾンさんが作るのを観ているだけだったと思うけど、その後すぐ船外機を作った時は手を貸してもらったね。まあ結局、木製にする必要があったから草木魔法が使えた姉さんに完成させてもらったんだけど。
「それからずっと一緒なんですね。それこそ何十台も何百台も一緒に作って来た。いいなぁ。ゲオルグ様、私はこれからもっと魔法を練習するので、私にもいっぱいお手伝いさせてくださいね」
一時も魔導具の側を離れようとしないロミルダにはもっと愛情を分け与える対象が増えた方がいいだろうと思って、俺はまたお願いするよと笑顔で答えた。
浸種が終わったら催芽と呼ばれる作業に移る。これは32度の温水に種籾を浸けて、発芽を誘発する作業だ。種籾から小さな芽がひょこりと顔を出せば、いよいよ土に撒いて育てる事になる。
単純に種籾を土に撒くだけだと考えていた自分が恥ずかしい。発芽効率を高め、収穫量を上げる為に先人達は色々な研究を行って来た。俺は何もしてないけど、その研究成果を有り難く享受させてもらおう。そしてお腹いっぱい白飯を食べるんだ。
「ゲオルグ様、魔石の調節は終わりましたか?そろそろ催芽を開始したいとシビルさんが仰ってますが」
はいはい、32度に設定する魔石は作り終えたよ。シビルさんも次の工程に魔導具を使うのなら先に言ってくれればいいのにね。まあ魔石を交換するだけの簡単な作業だけどさ。ところで、ロミルダはどこへ?
「もう暫く魔導具が仕事をすると聞いて無邪気に喜んでいましたが、流石に眠気が襲って来たらしく、ふらついて危なかったので無理矢理家に連れて行きました。今頃は昼食を食べ終えてお風呂で汗を流しているんじゃないですかね」
お風呂で寝なきゃいいけどね。
でも居ないのなら仕方ないな。他人に弄られるのは嫌かも知れないけど、この魔石はマリーが交換してよ。
「はい、ロミルダから後を託されているので大丈夫ですよ。では早速」
相変わらずの手際の良さで、マリーはパパッとロミルダ製の魔導具に手を加えた。
32度での催芽は20時間程続けられた。日没と共に目覚めたロミルダは再び徹夜し、動く魔導具を眺めていたらしい。前日と違って高めの温度を維持する為に魔導具設置場所を温室内へ移していたから冷たい夜風に当たる事は無かっただろうが、2日連続の徹夜は身体が心配になる。
そんなロミルダに見守られた種籾達は無事に揃って小さな芽を出し、翌日、直方体の平たい容器に入れた土に撒かれた。複数の容器に均等に撒かれた種籾は、これから1ヶ月程温室内でシビルさんによって手厚く管理された後に、水を張った田んぼに植え替えられる予定だ。
収穫迄はまだまだ先だが、そこへ向かって着実に進んでいる事実が俺の気分を高揚させてくれる。
「はぁ。終わってしまいました。来年の春まで倉庫に篭っているのは寂しいでしょうね」
俺とは逆に、ロミルダは倉庫の片隅に仕舞われた魔導具を見て落ち込んでいる。
ふむ。仕方ない。早速何かロミルダに作ってもらって気を紛らすか。
出来れば長く手元に置いておける魔導具が良いかなと、倉庫の前から離れようとしないロミルダの背中を見ながら考えていた。




