第5話 俺は幼馴染と喧嘩する
「もう、ゲオルグ様には私から言う約束だったでしょ」
庭に出てグニョグニョと金属の塊を操っていたマリーに昨日冒険者ギルドで何が有ったんだよと問い詰めると、マリーはロミルダに憤慨して頬を膨らませた。そんなマリーに対して、俺の方が怒っているんだぞと、敢えて表情だけを使って主張した。この怒りをどう言葉にしたらいいのか分からなかったのもあるが。
「ゲオルグ様、そんな事よりも早く魔導具を作りましょう。皆さん新しい魔導具を待ってますよ。遅くなった分挽回しないと」
俺の表情を見ても、マリーは金属魔法を使う手を止めない。これじゃあ伝わらなかったんだろうか。もっと眉に力を入れて、グッとマリーを睨みつける。
「はあ。ゲオルグ様が手を動かさないのは勝手ですが、変顔をして私の仕事の邪魔をするのは止めてくださいね」
なんだよその言い方は。こっちはマリーを心配して話を聞かせろって言ってるんだぞ。それに、別に水槽作りはマリーに頼まなくたって良いんだ。一旦手を止めて、昨日本当は何があったのか話せよ。
「そうですか、ではこの中途半端に作った水槽は置いて行くので、誰かに作って貰ってください。昨日の話もロミルダに聞いてください。私は部屋でゆっくり休む事にします」
成形途中の金属塊を庭の地面にどしんと放り投げたマリーは、俺とロミルダを置いて歩き出そうとした。
マリーが行ってしまう前に、俺は急いでマリーの右手を掴んで軽く引っ張る。
ちょっと待てよ。どこか怪我をしたとも聞いたぞ。怪我の具合を見せてみろよ。
「変態」
は?
一瞬だけ苦い顔をしたマリーの、キッと睨んで来た視線と思い掛け無い言葉に驚いて、掴んだ手を離してしまった。
「女の子の服を脱がそうとするなんて変態ですね。ロミルダにはそんな事言っちゃダメですよ」
俺の拘束を簡単に解いたマリーはさっさと庭から出て行ってしまった。
マリーを捕まえていた右手に目を落とす。マリーにもっと言いたい事が有った筈なのに。素直に話そうとしないマリーにイラついて、語気を強めてしまった。
「すみません、ゲオルグ様。私が余計な事を言ったから」
いや、ロミルダは悪くないよ。話してくれてありがとう。マリーは教えてくれないようだから、昨日何が有ったのか詳しく教えてくれる?
「昨日温室を出た後、私とマリーさんは全速力で王都へ向かいました。門兵の人達は何度も出入りする私達を少し不思議がっていました」
男爵邸の食堂で紅茶を飲みながら、ロミルダの話に耳を傾ける。まだ心は落ち着いていないが、ロミルダの不安を煽らないように努めて平静を装って。
「冒険者ギルドに行って販売部で魔石を買うまでは問題無かったんです。販売部のお兄さんも1日に2回来た私達に快く対応してくださいました」
あのお兄さんは俺も良く知ってるけど、いつも在庫を気にしてるんだよな。上司に毎日嫌味でも言われてるんだろうか。
「それで、魔石を買って販売部を離れ、冒険者ギルドの受付周囲に戻った時、若い冒険者の男性3人が一緒にお茶をしないかと私達に絡んで来ました。後でギルド職員の方から伺ったのですが、彼らは今年の3月に学校を卒業したばかりの新人冒険者でした」
つまりナンパされたのか。いくら2人が可愛いからってこんな幼い子供を誘うなんて、さてはその3人は変態だな。
「あ、ありがとうございます」
さらっと可愛いとか言っちゃったけど、そんなに顔を真っ赤にされると言ったこっちも恥ずかしくなるから。
ま、まあロミルダは兎も角、マリーの性格を知ったらナンパした事を後悔するだろうね。
「マリーさんは優しくて良い人ですよ。ゲオルグ様は近くに居過ぎて見えてないんですよ」
ロミルダに強く反発されるとは思ってなかったから少々驚いた。
唖然として謝罪の言葉も言えなかった俺に、すみません言い過ぎましたとロミルダが頭を下げてくる。
ああ、うん。大丈夫だよ。
俺は目の前の紅茶をぐいっと飲み干して、それ以上無駄な言葉が出ないように、紅茶と一緒に何かを腹の中へと押し込んだ。
「話を戻しますが、私達はその3人の誘いを断ってギルドを出ようとしたんですが、向こうは諦めませんでした。時間が無いのでそのまま無視して行こうとしたら、3人のうち1人がマリーさんの左腕を掴んで引き寄せ、何やら耳打ちをしました。何を言われたのかは教えてもらえませんでしたが、それを言われた直後、ニヤニヤしている新米冒険者をマリーさんが風魔法で吹き飛ばしました」
お、おう。マリーが先に手を出したのか。
「その後、仲間がやられた事に怒った2人がマリーさんに攻撃を仕掛けましたが、何も出来ずに吹き飛ばされました。3人とも壁には激突しなかったのでそれ程大きな怪我を負ってはいない筈です」
ん?何も出来ずに?
それってマリーは負傷してないよね?
「はい。実は周囲で騒ぎを見ていた野次馬の中に冒険者の仲間が紛れていまして、3人を軽くあしらって立ち去ろうとしたマリーさんにこっそり近付いて、斜め後ろからマリーさんの右脇腹を蹴り付けました」
蹴りか。油断したところを刃物でグサリ、とかじゃなくてちょっとホッとした。
「それでも鋼鉄を仕込んだ靴で思いっきり蹴られましたから、マリーさんの右脇腹は内出血を起こしていました。ニコル先生の診療所で痛み止めを貰いましたが、薬の効果が切れた未明の時間帯は痛みで眠れなかったと仰ってました」
そうか、じゃあまだ痛みは有るんだろうな。それでちょっと機嫌が悪かったのかな。
それで、マリーを蹴り飛ばした冒険者はどうなったの?
「私が草木魔法で捕縛して、他の3人と一緒にギルド職員に引き渡しました。その後どうなったかは聞いていませんが、話を聞いたリリー様が今日ギルドマスターに抗議に行くと仰ってました」
そうか、母さんには伝えたのか。
「はい。マリーさんは冒険者ギルドで問題を起こした事をリリー様に謝罪されていました。耳打ちの内容まで詳しく聞いたリリー様は、笑顔でしたが迫力が凄かったです。先程一緒に村に来たアンナさん経由で、男爵の耳にも入っていると思います」
その様子の母さんは確実に怒ってるな。母さんを怒らせるなんて一体新人冒険者は何て言ったんだろう。聞きたいような、聞きたくないような。
「なので、その、今思えばマリーさんは怪我が落ち着いてからゲオルグ様に話す予定だったんじゃないかと思うんです。ゲオルグ様を心配させないように。私が口を滑らせたのが良くなかったので、マリーさんとは喧嘩せずに仲直りをしてください」
うん、わかった。でも今は無理に触らずにそっとしておく。蹴られた痛みが引くまでゆっくりしてもらおう。その代わり、ロミルダは魔導具作りを手伝ってよ。
「はい、マリーさん程金属魔法は得意じゃありませんが、一生懸命頑張ります」
ロミルダのやる気を肌で感じながら、俺はマリーとどうやって仲直りしようかと考えていた。




