第4話 俺は表情について窘められる
魔石を購入する為に再び王都へ向かってもらったその日、マリーとロミルダは村に帰って来なかった。日が沈んで、夕食が終わって暫く待っても2人は戻らなかった。
村を飛び立って行ったのが既に16時近かったから、王都を出ようとした時にはきっともう日が落ちていた筈だ。無理はするなと言う俺の言葉を聞いて、王都に留まったんだろう。きっとそうだ。
「そんなにそわそわしなくても、後輩と一緒なんですからマリーは無茶をしませんよ」
マリーが帰って来ない事をマルテに報告したが、マルテは娘を心配する素振りを全く見せない。マルテの前に報告しに行ったロミルダの両親も、同じような反応だった。
「当主がそんな顔をしていると下の者達が心配しますから気を付けて下さい。そういうところは男爵にそっくりですね」
マルテの指摘を受けて、自分の顔に手を添える。近くに鏡が無いからどんな表情をしているのかは解らないが、父さん程は表現豊かじゃないと思うけどな。
「心配なら探して来ようか?」
俺とマルテの遣り取りを聞いていた姉さんが提案して来る。姉さんはマリー達が王都へ飛んで行った後に新入生達と一緒に王都から帰って来ていた。
流石にもう真っ暗だから、いくら姉さんでも飛んで行くのは危ないよ。それに姉さんに捜索をお願いしようものなら、危険な事をさせるなって俺が父さんに怒られちゃうよ。
「エステルから聞いたけど、魔導具は今日中に作らなくていいの?」
魔石が届かないんじゃ仕方ないって父さんも言ってくれているから、大丈夫だよ。
「そう。じゃあ私はお風呂に入って寝るから。ゲオルグも肩の力を抜いてゆっくりした方が良いよ」
俺の肩をポンポンと叩いて、姉さんは着替えを取りに自室へ向かって行った。
自分ではそれ程心配しているつもりは無いんだけど、周りの目にそう映るのならマルテの言う通り気を付けないとな。
「おはようございます、ゲオルグ様。魔導具は改良出来ましたか?」
翌朝ひょっこり戻って来たマリーが、いつもの調子で声を掛けて来る。
眠たい目を擦りながらラジオ体操をし、姉さん達のマラソンに必死について行き、眠気と疲労でフラフラになりながら朝食を食べている頃、姉さん達を迎えに来たアンナさんと一緒にマリーとロミルダが帰って来た。ロミルダは俺に挨拶した後、すぐに両親が待つ自宅へと駆けて行ったが。
おはよう、マリー。元気そうだね。
「ええ、まあまあ元気です。アリー様か他の人に手伝ってもらって魔導具を作らなかったんですか?」
作るも何も、マリーが帰って来ないと魔石が無いんだが。
「あっ、もしかして気付きませんでしたか?リュックサックを通じて、購入した魔石とソゾンさんから教えてもらった情報を書いた紙を倉庫に送っておいたんですけど」
え?そうなの?
「はい。出発前に相談しておけば良かったですね。すみません。魔石を買うだけだったら帰って来るのに間に合ったんですけど、思いのほかソゾンさんとの話が長引いてしまいまして」
そっか。ソゾンさんと長話していたのか。
「ええ。でも外部から熱が伝わるのを遮断する良い方法が聞けましたよ。食事が終わったら早速倉庫に魔石を取りに行きましょう」
にこやかな笑顔を向けて来るマリーには、眠気と疲労で正確にドワーフ言語を刻む自信が無いとは言えなかった。
マリーはソゾンさんから、金属の壁を2重構造にして間に空気の層を挟む事で外気からの熱伝導を抑える事が出来るという情報を持ち帰った。間の空気が断熱材になるらしい。
「では早速水槽を作りますね。水槽の底に排水路を作り、水槽の側面に配水管を通して、水面より上から水が滝のように落ちるようにする。これでいいんですよね」
うん、まあそんな感じで。水が出る部分はぐるっと外に回せるようにしてね。
「水の循環だけじゃなく、排水も楽に出来るように、ですね。水槽の下部に種籾を乗せる為の細かい目の金網も作ります」
念の為、2重に、いや3重構造にしておいて。
「心配性ですね。ではそのように、庭で作ってきますね」
俺の自室を出て行ったマリーと入れ替わりに、自宅に戻っていたロミルダが入室して来た。
俺はロミルダにお帰りと言って、昨日は無理に色々と頼んじゃってごめんねと付け食われた。
帰って来て報告を受けた後すぐにロミルダは自宅に行ったから殆ど話せなかったんだよね。
「いえ、私は大丈夫なんですけど。マリーさんから帰りが遅れた理由は聞きましたか?」
うん。ソゾンさんと長話しちゃったんでしょ?
別に怒ってないから、遅れたのは気にしなくていいよ。
「あの、自分で話すから黙っていてとマリーさんから口止めされていたんですけど、実は遅くなった原因はそれじゃないんです」
えっ?
「その、冒険者ギルドで知らない人に絡まれまして、マリーさんが怪我を。ゲオルグ様、怒らないでくださいね?」
は?
なにそれ、聞いてないんだけど。
俺の表情を見たロミルダから、何度も落ち着いてくださいと窘められる事になってしまった。




