第42話 俺は図書館の庭で昼食を食べる
寝たふりを続ける姉さんを起こそうと奮闘していると、部屋の扉がノックされて、図書館の係員が入って来た。
「アンナさんという方から皆様に伝言です。お弁当が届いたので適当なところで切り上げて庭に来てください、だそうです。沢山あるので館長も良かったら、とも仰ってました」
「やった、おべんとうだっ」
何度声を掛けてもグラグラ揺すっても頑として目を開けなかった姉さんが、お弁当と聞いた瞬間にカッと目を見開いて飛び起きる。
「皆待ってるから早く食べに行こ」
アンナさんの言葉を伝えてくれた係員の隣まで瞬時に移動した姉さんが、早く席を立てと俺達を急かしている。
「そうね、お腹も空いて来たし、話は一旦切り上げて外に行きましょうか。メーチさんも一緒にどうぞ」
「ではお言葉に甘えてお邪魔するとしよう。この本達は、そのままにしておいた方がええじゃろうな」
机に広げられた本にメーチさんが目を落とす。
本を持って行ったらまたサクラが調子を崩しそうだから、そうしておきましょう。
「ゲオルグ何やってんの。置いて行くよ」
相変らず自由な姉さんを追いかけて、俺達は図書館の庭へ向かった。
「この唐揚げは美味いのう。香辛料ががっつり効いた唐揚げを以前店で食べた事が有るが、あっさりというかさっぱりというか、薄味の唐揚げも肉の旨味を感じられて良いな」
「うん、おいしいね」
「カエデ達と一緒に食事をする時はあまり香辛料を使わないようにしているんですよ。大人と子供で食事を分けても、カエデ達はこちらが食べている物と同じ物を食べたがりますから」
「この白身魚の揚げ物も最高ですね。私の娘も意外と魚が好きでして」
「マリねえ、たまごのぱんとって」
「はい、どうぞ。このタマゴサンドはちょっと硬めなパンを使っているので、ゆっくり食べてくださいね」
「アリー様、サクラ様が真似をするので両手にサンドイッチを持つのは止めて下さい。そんなに急いで食べなくても、足りなくなったらまた料理長に作ってもらいますから」
メーチさんの許可を得て整備された図書館の庭の一角に広めの布を敷き、その中央にお弁当を置いて皆で車座に座る。
御手拭で綺麗に拭いた手でサンドイッチを掴んだり、フォークを使って料理を口に運んだり、我が家の料理長が拵えたお弁当を皆で楽しんでいる。
しかし。
ダミアンさん、あんたは何故俺達の輪に加わってるんだ?
「いやね、この間の件で館長に相談しようと思ってやって来たら、男爵家の皆さんと庭で食事中だと聞いたものでね。いつもの調子でつい」
まあ母さんもすんなり受け入れているからいいんだけど。
うちのお弁当を食べるって事は、その話は俺達にも教えてくれるんですよね?
「まあまあ、今はこの美味しいお弁当を楽しもう。手を止めているとお姉さんに全部食べられてしまうからね」
サンドイッチを食べ終わった姉さんは、フォークを片手にバクバクとおかずを食べている。その食べる速度がまったく落ちる気配がしないんだけど、朝食を食べなかったのかな。
まあ食べ続ける姉さんを見たアンナさんが、やれやれと言いながら飛んで行ったから大丈夫だろう。多分おかわりを用意してくれるはずだ。
「にいさま、あまいののみたい」
いつのまにか隣に来ていたサクラが、俺の服を引っ張って要望を伝えて来た。
そんなサクラの様子にカエデも興味を示している。それに、姉さんも。
まあ作ってあげるのは別にいいんだけど。冷たいのでいいのかな?
「うん」
俺はリュックサックから水筒を3本取り出し、それぞれの蓋を使って苺のジャムを溶かし始めた。
「いや、ごちそうになった。儂の妻にも食べさせてやりたかったな」
「そうですよね館長。私の娘も既に男爵家の食事の虜ですよ」
食後の紅茶を口にしながら、メーチさんとダミアンさんがお弁当の感想を語っている。
姉さんは食べ過ぎたのか仰向けになって倒れている。カエデとサクラの頭を両腕に乗せて、そのまま3人で昼寝をするつもりなんだろう。
青天の下、涼しい風を感じながら昼寝をするのは気持ち良いだろうが、俺はそれよりもダミアンさんの話と言うのが気になる。もしかして、あの事件の犯人が捕まった?
「いや、犯人はまだなんだ。今回は『ねこのいたずら』についての話だね』
あの紙切れが挟まっていた本か。
ダミアンさんは持ち運んでいた鞄から『ねこのいたずら』を取り出して皆に見えるようにする。
「この本には何処にも著者の名前が書かれていなかったのだが、警備隊に勤める古参の者が、アーベントの著作と文体が似ていると言い出してね。その可能性があるのか、館長に調べてもらおうと思って来たんだ」
ダミアンさんから本を受け取ったメーチさんはちょっと待っておれと言って、ゆっくりと頁を捲り始めた。




