第41話 俺は館長から著者の話を聞く
マリーとカエデには図書館の庭で待つアンナさんとサクラの下へと行ってもらい、俺はカエデが集めた本を抱えて図書館の一室へ移動した。そこは館長であるメーチさんの仕事場で、腰掛けたソファーには母さんと姉さんも座っている。
「なるほど。儂にもその魔力の残差とやらは解らないが、全てアーベントの著書か」
対面のソファーに座るメーチさんが、ソファーの間に有る机に広げたアーベント著の本を1つ取り上げて、ペラペラと頁を捲る。
「本当に、これらの本から良くない魔力とやらを感じるんだね?」
本には興味が無いのか母さんとお喋りをしていた姉さんに向かって、メーチさんが質問する。
「うん。それぞれ魔力の残り方は違うけど、どれも同じ雰囲気の魔力を感じるよ」
姉さんの返答に、メーチさんが唸り声を上げる。
「そうか、アーベントの本が、ね」
なんだか感慨深げに著者の名前を口にする。もしかしてメーチさんは、アーベントさんを知ってるんですか?
「まあ、儂の年代以上の人達は皆知っているだろうな」
メーチさんの年代以上って事は随分と年上になっちゃうけど、母さんはアーベントさんを知ってる?
「そうね。学校の授業で習ったことがあるわ。奴隷解放の英雄アーベント。歴史の授業だったかしら」
「え?私は聞いたことないけど」
母さんの答えに姉さんが首を傾げる。聞いたことが無いと胸を張れる程、姉さんがちゃんと授業を受けているかは疑問が残る。
「そう。彼の名は世間を騒がせた活動家として歴史に残っておる。名が広まったのは儂がまだゲオルグくらいの、幼い頃の話じゃ」
彼という事は、男性ですか。
「儂は直接会った事は無いが、男性じゃった、と言われておる。人族の貴族男性とエルフ族の奴隷女性の間に生まれた男子で、幼少期を奴隷として過ごした経験から奴隷解放を訴える運動を起こした活動家、じゃとも言われておる。おそらく学校でもそう教わるんじゃないか?」
言われている?
「そう、通説ではそのように言われておる。本物のアーベントは奴隷の存在を憂いた人族じゃと言う者もおるし、著書にドワーフ言語が書かれてあることからドワーフ族じゃと言う者もおる。誰もその本人を見た事が無いと言う話もある」
誰もって、こんなに立派な装幀をしている本なんだから、製本するのに誰か手を貸したんじゃないんですか?
もしかしたらこの図書館で装幀したのかも。
「さあ、儂がこの図書館で働き始めた頃に儂に装幀を教えてくれた館長なら何か知っておったかもしれんが、もう随分と昔に亡くなったからのう。まあそう言う訳で、これらの本を書いたアーベントは謎の人物じゃ。因みにここにあるアーベント著の本は全て初版本で、アーベント直筆の作品じゃ。巷には複製品も出回っているじゃろうがの」
直筆が図書館に残っているのなら、やっぱり図書館関係者と懇意だったんじゃないのかな。そうじゃないと直筆かどうか判別出来ないと思うんだが。
「まあその話は置いといて。アーベントの名が世に広まったのは儂の子供の頃、国内で奴隷解放運動が活発化した時期じゃ。しかしその頃にはアーベント著の新作本は作られなくなっておった。じゃから作家のアーベントと活動家のアーベントは別人と言う話がある」
つまり、アーベントさんの著作に感化された誰かに名前を使われた可能性があると?
でもこの本は自身の奴隷解放運動の経緯を書いたんじゃないの?
俺は机の上から『奴隷と奴隷解放戦争』という本を選んでメーチさんに見せた。
「ああ、それな。この中ではその本が最も新しい年代に書かれた本じゃが、ゲオルグはその本に目を通したか?」
いえ、それだけじゃなくどの本も内容は把握してません。というか、最近本を読んだ記憶が。
「妹の為に絵本を作るのも良いが、偶には他者が書いた本を読んだ方がいいぞ。それで、その奴隷解放の本じゃがな。内容は人族の国で奴隷として使役されているエルフ族を解放する為にエルフ族の国が立ち上がり、エルフ族が人族の国に攻め込んで大規模な戦争に発展するというものじゃ。主人公は産まれた時から人族の国で奴隷としてこき使われていた女性で、攻め込んで来たエルフ族の戦士と。まあこれ以上は自分で読んで楽しんでほしいのう。主人公の女性がどういう生い立ちで、エルフ族の戦士と出会ってどう生き方が変化していくのか、そこが面白いところなんじゃ」
なんだよ、そんなところで止められたら気になるじゃないか。
でも主人公が奴隷って、幼少期に奴隷だったって言うアーベントさん自身の話に似てるね。その話が本当かどうかは疑わしいみたいだけど。
「そうじゃな。じゃがこの本が創作なのは確かじゃ。儂が産まれるずっとずっと前からエルフ族の国との諍いが続いていたのは事実じゃし、この国にエルフ族の奴隷が居たのも事実。エルフ族以外の種族の奴隷も、少数じゃが人族の奴隷もおった。じゃがこの本に書かれているような、エルフ族が大規模な部隊を編成してこの国に送り込んで来たという歴史は一度も無い。この国から攻め込んで行った事は、何度も有ってもな」
なるほど。知識や経験を基に書いてはいるが、事実ではないと。奴隷の事を思うアーベントさんの希望が形になったのかな。
「さあ、作者の気持ちは想像するしか出来ないが、アーベントの名で、しかも直筆で書かれた本はこれが最後じゃ。何を思ってこの本を書き、この本を最後に筆を置いたのかは解らん。しかしこの本が出て数年後、国内での奴隷解放運動が活発化し、その運動を率いていたのがアーベントと名乗る人物だったんじゃ」
「ず~、ず~」
ちょ、ちょっとメーチさんすみません。姉さん、本の話に興味が無いからってこんなところで寝ないでよ。しかもいびきまで。
「う~、もう甘いものは食べられないよ」
そんなにはっきりと寝言を言う人いる?
起きてるよね?絶対起きてるでしょ?
いくら揺すっても起きようとしない姉さんを、母さんとメーチさんは微笑ましそうに眺めていた。




