第39話 俺はもっと妹の事を考えろと叱られる
サクラを図書館内から庭に逃がして30分ほど経っただろうか。サクラの震えが止まり、暑いと言って毛布を拒絶し始めた。
随分と元気が出て来たようだが、もう少しじっとして居ような。
サクラに巻き付けていた毛布を剥ぎ取って、毛包を畳んで枕にしてやる。まだベンチで横になっていなさいと言い聞かし、暑いと言うサクラに冷たい水を出してやる。
「あまいのがいい」
はいはい。じゃあまたジャムを溶かしてあげるからちょっと待ってね。
取り敢えずサクラが落ち着いて良かったとホッと胸を撫で下ろして、俺はサクラのわがままを聞いてあげる事にした。
「あれ?ここで何やってるの?」
サクラが毛布を脱ぎ捨てて、更にいくらか時間が経過したところで、頭の上から俺達に向けて声が降り注いだ。一度調子を取り戻したサクラだったが、今は顔を顰め、なんだかソワソワと落ち着きない様子になっている。
声に反応して上空を見上げるよりも早く、姉さんとアンナさんが俺達の目の前に降り立った。
なにって、図書館内でまた体調を崩したサクラを休ませてたんだ。姉さんこそ、今日は村の子供達の特訓に付き合うんじゃなかったの?
「そのつもりだったんだけど、アンナが父様を助けてやって欲しいって言うから飛んで来たんだ。約束を反故にしちゃった子供達には申し訳ないけど、春休みはまだあるから大丈夫だよ」
食堂ではそんな話にならなかったのにどういう事なのかとアンナさんに視線を送る。
「リリー様から助け舟を出すようにと言われたので。仕事に行きたくなさそうにだらだらと着替えていました男爵を見かねたんですかね。アリー様を呼んで来ると伝えたら、男爵は少し残念そうにしていましたが。村の子供達には後日男爵からなにかしらの御礼が渡されるでしょう。それよりも、サクラ様の顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
そうなんだよ。さっきまでは笑顔を作れる程に回復していたんだけど、また急に体調が悪くなったのか顔を顰めるようになって。どうしたんだって聞いても大丈夫としか返って来ないんだけど。
「なるほど。サクラ様、御身体は大丈夫ですか?我慢せずに仰って下さいね」
サクラに声を掛けながらアンナさんが顔を近づけると、サクラが何やらもにょもにょとアンナさんに耳打ちをした。
「解りました。もう一度図書館に入ることになりますが、奥までは行かないので少し我慢してくださいね」
アンナさんの言葉に首肯で答えたサクラは、アンナさんに抱き上げられて図書館の入口の方へ向かって行った。
えっ、ちょっと。
急な話の展開に付いて行けず、頭が混乱したまま深く考えずに2人を止めようとしたら、姉さんが俺の前に立ち塞がった。
「ゲオルグ、まだ2歳だけどサクラも女の子なんだよ。もうちょっと考えてあげて」
はあ?
サクラが女の子なのは知ってるよ。サクラが図書館に入ると体調が悪くなるのもよく知ってる。サクラがアンナさんに何て言ったのかは解らないけど、簡単に図書館に入ろうとするのを止めるのは間違ってないでしょ。
「もうっ。はっきり言うけど、サクラは御手洗いだよ。ゲオルグに言えなくてずっと我慢してたんだよ」
え?
そんなの我慢せずに言ってくれたら。
「ゲオルグはカエデとサクラを御手洗いに連れて行った事あるの?2人のおむつを交換した事あるの?」
それは、無いけど。姉さんはあるの?
「あるよ。もう何回もね。だから、ゲオルグには言えなかったんだよ」
確かにおむつの換え方は解らないし、新しい物も持って来てないけど、サクラを御手洗いに連れて行くことは俺でも出来るよ。
「大好きなお兄ちゃんにそれをお願いするのが恥ずかしかったんだよ。だからサクラが帰って来ても怒ったりしちゃ駄目だよ」
別に怒ったりはしないけど。そうか、小さなサクラでもそういう事は考えるのか。サクラの体調の変化にばかり気を取られていたけど、そういうところも気を付けないと行けないんだな。
アンナさんに抱かれて帰って来たサクラは良い表情をしていた。我慢させたことを謝ろうとしたら、それも駄目だと姉さんに止められた。触れちゃダメだということらしい。
「にいさま、ほんは?」
体調が戻ってスッキリしたサクラは、図書館内で集めた本が気になったようだ。きょろきょろと辺りを見渡して本が見つからないことに不満げな顔をしている。
ごめん、サクラの体調を優先して本は置いて来た。
「またほんをさがす」
駄目だよ。また図書館に入ったら気分悪くなるでしょ。そんなに睨んでもダメなものはダメ。
「サクラ、ここはお兄ちゃんの言う事を聞こうね。サクラの代わりに私が本を集めて来るから、サクラはここでアンナとゆっくり待っててね」
姉さんが任せてと胸を叩く仕草を見て、サクラは渋々納得したようだった。




