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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第7章
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第37話 俺はサクラの意志を尊重する

 3月下旬。図書館で起きた事件から10日程が経過したある日の朝食時。


「としょかん、いこ」


 もうお腹いっぱいと言って食事の手を止めたサクラが、決意の表情で訴えて来た。


 事件後から今日まで家族は誰もサクラの前で図書館の話をしなかった。姉さんも、カエデも、メイドさんや料理長もみんな。偶に食事をしに来るダミアンさんでさえ、サクラの前では図書館の名を出す事を控えていた。


 嫌な出来事を思い出さないようにと、特に相談して決めた訳でも無く、皆個人の意思でサクラを気遣っていた。それなのに、自分から行きたいと切り出した。


「サクラ、あそこに行って大丈夫なのか?無理に行く必要なんて無いんだぞ。父さんがまた新しい本を作ってやるしな」


 またって簡単に言うけど、絵本の物語を考えているのは俺で、絵を描いているのは画家のクレメンスさんだけどな。まあ内容は前世の絵本から拝借しているんだけど。


「だいじょうぶ。としょかんでほんみるの」


「いや、しかしだなぁ。もうちょっと時間を置いてからでもいいんじゃないか?」


「だめ」


 強い意志が籠ったサクラの言葉を聞いた父さんが、どうしたらいいんだと頭を抱える。サクラの身を案じる父さんとサクラの意志を尊重したい父さんが頭の中で喧嘩しているんだろうな。


「よしわかった。でも今日は父さんが仕事だから止めよう。明日、いや明後日にしよ?」


「だめ」


 譲歩をした父さんの言葉をサクラが一刀両断に斬り伏せる。頑固なところは誰に似たんだろうね?


 それから暫く父さんとサクラの遣り取りが続き、サクラは父さんの説得を悉く拒絶していた。父さんが話す内容を本当に全て理解しているのかは解らないけど。


 その間母さんは2人の遣り取りを微笑ましそうに眺め、カエデはパンをモリモリ食べていた。




「わかった、父さんの負けだ。今日図書館に行っていい。だけど、父さんの代わりにアリーを護衛に付けよう。アンナ、休みなのに悪いけど村に行ってアリーを呼んで来てくれ」


 皆が食事を終えてもまだうんうんと唸っていた父さんが漸く動きだし、アンナさんに声を掛ける。何か有った時の為にサクラを守る戦力は多い方がいい。きっと父さんはそう考えているんだろうな。


 姉さんが通う学校は数日前から春休み中。普段なら姉さんの送迎の為に村へ向かって飛んでいる時間帯だけど、アンナさんは母さんの食後のお茶に付き合うなどゆったりとした朝を過ごして、4月頭までの短い休みを楽しんでいた。


「昨日様子を見に行ったら、今日は村の子供達の特訓に付き合うんだと張り切っておられましたが。では呼んできますね」


「ちょっと待ったっ」


 アンナさんの発言を受けて、父さんが再び悩みだす。朝から父さんも大変だな。


「仕方ない。今日は仕事を休もう。サクラの為だ、父さんがひと肌脱ぐぞ。そうと決まればルトガー、今日は俺は病欠すると上司に伝えて来てくれ」


 苦渋の決断と言うよりも、なんだか晴れやかな表情でルトガーさんを呼び付ける。娘をダシに使って遊びに行こうとするなんてダメな社会人だな。


「今日は重要な会議が有るから早く起こしてくれと仰られていましたが。まあ休みを取るのも大事ですからね。では早速行って来ます」


「ちょっと待ったっ」


 食堂を出ようとしたルトガーさんを父さんが食い止める。どうやらその重要な会議というのをすっかり忘れていたらしい。


「くそう、万事休すか。サクラの意志は尊重したい。でもサクラを危険に曝したくない。俺はどうしたらいいんだ」


 食器が片づけられた食卓に突っ伏して叫ぶ父さんに、ルトガーさんが無慈悲な現実を突きつける。


「旦那様、そろそろ着替えて屋敷を出ないと遅刻しますよ。出勤しますか?それとも欠勤しますか?」


 父さんに無言で睨みつけられたルトガーさんは、では欠勤する旨を伝えて来ますねと言って食堂を出て行った。


「ちょっと待ったっ」


 今日3度目になる制止の言葉を叫びながら、父さんはルトガーさんを追いかけて行った。




「今日は図書館の庭でゆっくりとお昼を食べられるといいわね」


 カエデ達の歩調に合わせて石畳の道を歩きながらそう口にする母さんの手には黒猫のぬいぐるみが抱かれている。


 サクラは俺と、カエデはマリーと手を繋ぎ、その反対の手には白猫と茶トラ猫のぬいぐるみが握られている。


「おひる、たのしみだね」


 母さんの言葉にカエデが笑顔で反応する。朝食では結構な量のパンを食べていたのに、もう昼食が楽しみなのか。


 サクラはカエデと違って少し不安な表情を浮かべながら黙って足を動かしている。歩みが少しおぼつかないのは俺の気のせいかな。


 父さんには力強く意志を示したが、図書館が近寄るにつれてその意志が揺らいでいるのかもしれない。


 大丈夫かサクラ。いつでも引き返していいんだぞ?


「だめ、いくの」


 何がサクラをそこまで駆り立てているのか解らないが、そう答えたサクラは顔を上げてしっかりと歩き始めた。

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