第35話 俺は警備隊員と朝食を食べる
「朝早くから申し訳ない。男爵が仕事に向かわれる前にお話ししたいと思いましてね」
「家族団欒の時間を邪魔しているんだから、さっさと話して帰ってくれると助かるんだが」
「ああ、すみません奥様。私達の分まで朝食を用意して頂いてありがとうございます。あの現場にいた皆で心配していたのですが、御元気になられたようでなによりです」
「態々食堂で話す事なんて無いだろ。応接室でパパッと済ませたらよかったんだ」
「そちらの御嬢さんも御元気になられたようで。昨日は辛い思いをさせてごめんね」
「そうだ、こいつは疲弊しているサクラを拘束しようとした酷い奴だ。門前払いで良かったんだ。誰が家に上げたんだ」
「このパン、とても美味しいですね。流石は飛ぶ鳥を落とす勢いの男爵家。パン1つとっても素晴らしい出来ですね。私の娘にも食べさせてあげたいくらいですよ。いえ、御土産だなんてそこまで図々しい事は。いいんですか奥様?」
「ばかもんっ、土産なんて渡している場合か。贈るのは帰れと言う言葉だけで十分だ。さっさとこいつらを追い返して、あっ、はい。すみませんでした。黙ります」
朝早く押しかけて来て朝食まで食べているダミアンさん他2名の王都警備隊員に対して、不満を口にする父さんの気持ちも解る。魔力検査の後に村の屋敷で家族団欒したばかりだけど、姉さんが王都の屋敷で朝食を食べるのは珍しいからな。きっと父さんは皆が集まる朝食を楽しみにしていたんだろう。
でもどんな理由があれ母さんにばかもんなんて言っちゃったら、そりゃ怒られるよね。俺も母さんに汚い言葉で口答えしないように気を付けよう。
「それで、今日はどういったご用件でいらしたのでしょうか?」
煩い父さんの口を止めて食堂内の主導権を握った母さんが、ダミアンさんに質問をする。鶏肉と野菜で作ったスープを楽しんでいたダミアンさんが、右手に持つスプーンを手放して母さんに向き直った。
「実は昨日の事件で押収した物品を総魔研が夜通し調べてくれまして、私達もそれに付き合ってついさっき王城を出て来たところでしてね。この後警備隊事務所に寄る必要も有るので、今朝は娘の顔は見れませんね。それでですね、その猫の顔を付けた首飾りが魔導具であることが分かりました」
ダミアンさんの言葉に、誰しもがそうじゃないかと思ってただろと父さんが口を挿む。
「あの黒光りしていた眼が魔石だったようで、その魔石には総魔研の研究者でも内容を把握出来ない高度で複雑なドワーフ言語が刻まれていたそうで、市井に居るドワーフ族の魔導具職人に協力を依頼すると言っていましたね」
ということは、ソゾンさんの出番かな?
「それから、そちらの子が握り締めていた紙切れですが、それにも高度なドワーフ言語が書かれていました。残念ながら所々滲んでいて、その全てを把握する事は出来ないようですが」
「カエデ、がんばったっ」
「そうだな、カエデはよく頑張ったよ。カエデのおかげであの子の命が助かったのに、滲んで読めなくなったとか、嫌な言い方するよな?」
右手で握りしめていたスプーンを掲げて自分の活躍を声高に自慢するカエデを、父さんが手放しで賞賛する。ダミアンさんへの小言も忘れない。
「あなた?」
「カエデ、食事中にスプーンを振り回すのは不作法だから止めような?」
「ぶさほ?」
母さんの鋭い目で睨みつけられた父さんはすみませんと頭を下げて、喜ぶカエデを注意する。
不作法なんて難しい言葉、カエデには解らないよな。
「やはり子供が沢山居るのは賑やかでいいですな。また妻に頑張って貰うのも悪くない」
ダミアンさん、新しい子供を育てる余裕あるんですか?
南方伯に目を付けられて警備隊をクビになるんじゃないんですか?
「はっはっは。心配してくれるのは嬉しいが、貴族に苦情を言われたくらいでクビになるような組織では無いよ。それではまともな捜査が出来なくなるからね。そのうち南方伯の家人達にも捜査の手は伸びるよ。ただ公爵家なんかが本気で手を回して来たら警備隊の手には負えない状況になる場合もあるだろうが、そうなった後は軍や王家直属の近衛兵にお任せだ」
なるほど。もし捜査に邪魔が入っても、より強い権限を持つ組織に後事を託すということか。
「それにもしクビになるような事が有ったら、男爵家で雇ってもらおう。こんなに美味い食事が食べられるのなら、妻も娘達も反対しないだろうね」
声を出して笑うダミアンさんに、絶対雇わないからなと父さんがぼやいていた。




