第31話 俺は副隊長の推理を聞く
「それは南方伯様がレオ様の為にと用意されたお守りです」
直径10センチメートルほどの比較的大きな飾りが付いた首飾りをダミアンさんに見せられた女性がそう答える。
首飾りに付いている飾りは猫の顔。銀光りしている猫の材質は何らかの金属。真っ黒なその両目は違う材質だ。飾りを首から胸元まで吊るす紐は革製だろうか。2歳の子供に渡すお守りとしては、ほんと良い趣味してるよな。
「あのねこさんきらい。サクラをなかせた」
猫の首飾りを見せられたカエデは、それからずっと首飾りを毛嫌いする発言を繰り返している。
でも、あの首飾りが無くなったら男の子から嫌な感じはしなくなったんだよね?
「うん。あのこはだいじょうぶ。でもねこさんはきらい」
うんうん、そうだね。あの猫さんは悪い猫さんだよね。
カエデの反応を見たダミアンさん達も、あの首飾りが原因だと結論付けている。
「しかし、あんなにレオ様の事を大事にしていた南方伯様が、そのような危険な品を贈るはずが」
「そうよ、あの人がレオを危険に曝すはずがない。レオもその首飾りを気に入って付けていたのに。なにかの間違いよ」
狼狽する女性の傍らで、男の子の手をこれでもかと握り締めて、母親が声を荒げる。
「お母さん、今は息子さんを休ませる事が重要ですので、落ち着いてください。まだ完全に容体が安定した訳ではないんですからね」
粗ぶる母親を宥めようとするダミアンさんの言葉に、ニコルさんも医者として賛同している。
「とりあえずこの首飾りは総魔研に引き渡して調査させて頂きます。何も無ければそのままお返しする事も出来るでしょう。しかし、それがいつになるかは解りませんがね」
母親はダミアンさんの言葉に反発しようとしていたが、一緒に居る女性に窘められて渋々口を閉ざす事になった。
「落ち着いたところでお2人に聞きたいことがあるんですがね。この『ねこのいたずら』という児童書に見覚えは有りますか」
興奮していた母親の気持ちが静まるのを待って、ダミアンさんが2人の女性に向かって1冊の本を見せる。それを見た母親は知っていると答えた。
「先程館長に提出した児童書と一緒に、レオ様が選んで児童書の棚から持って来ました」
女性が母親の言葉に付け加える形で、ダミアンさんに答える。母親はダミアンさんへの応対を女性に任せて、男の子に小声で何かを語りかけている。男の子はまだ意識は戻っていない。
「最初に事件が起こった時、ご提出された本では無く、その子はこっちの本を読んでいたのではないですか?」
「そうだったかもしれませんが、覚えていません。私もアデーレ様もその時は自分達が棚から選んだ本を読んでいましたから」
「そんなことありますかねぇ。この児童書、可愛らしい絵が偶に挿し込まれていますが、ほとんどの頁は文字だけですね。こんな小さな子供が1人でこの本を読みますかね。ご提出頂いた方の本も似た様な作りになっていますが、お2人のどちらかがあの子の為に読み上げていたんじゃないんですか?」
ダミアンさんが児童書の頁をペラペラと捲りながら、不思議ですねと付け加える。
先程までのちょっとバカっぽく何も考えていないようなダミアンさんとは別人みたいだ。自分でも腕っぷしだけでと言っていたが、探偵のようにしっかりと考えて捜査出来る才能もあるのか?
「不思議でもなんでもありません。レオ様には文字が読めなくても気に入った絵柄の本が有ればそれを借りて帰ると約束していました。図書館で声を出して本を読むことは規則違反ですから。そうですよね館長さん」
図書館では極力声を出さない事が推奨されますな、とメーチさんが女性の言葉を肯定する。ダミアンさんは早々に出鼻を挫かれてしまった。
「そうですか。聞き分けの良い、いい子ですね。私の娘が小さい頃なんか、1人でじっと絵だけを見て楽しむなんて事は出来ませんでしたよ。因みにこの『ねこのいたずら』ですが、この図書館の蔵書じゃない事は気付かれていましたか?」
ダミアンさんが本の裏表紙を捲って、そこが何もない真っ新な状態だと示す。ダミアンさんの隣では隊員の人が別の本の裏表紙を開いて、別の本には図書館の所有物だと示す捺印が押されている事を女性に見せている。
「そこまでは把握していませんでした。図書館の棚に有る本が本当に図書館の物かと疑ってかかる人は、いったいどれくらいいらっしゃるのでしょうか」
「ご意見ごもっとも。私の娘も全く疑いを持たないでしょうね。では質問を変えますが、貴女方お2人は事件当時、どういった本を読まれていましたか?」
「私は料理の勉強をしようと料理の本を。アデーレ様は、ええっと。すみませんアデーレ様、あの時どんな本を読まれていましたか?」
女性の問い掛けに、おぼえていません、と母親は小声で返した。
「まあ混乱しているでしょうから、当時の記憶が抜け落ちてしまうのも仕方がないでしょう。ところで、お2人が読まれていたというその本は今どちらに?」
「ええっと、それは私が持って来ていた鞄と一緒に」
ダミアンさんの追及を受けて女性はきょろきょろと周囲を見渡す。女性の鞄は男の子が臥せている長椅子から離れて、『ねこのいたずら』を見つけた棚の近くに2冊の本と一緒に置かれていた。
「この『ねこのいたずら』と言う本は棚に戻されていました。しかし、その棚は児童書の棚では無く歴史書の棚でした。貴女の鞄が凭れ掛かっているあの棚です。男の子が倒れた後、誰かが慌てて棚に隠したんでしょうね。私の娘も小さい時、怒られそうなものはよく隠していました」
「何が言いたいんでしょうか」
女性がダミアンさんを睨みつける。
「恐らく犯人は『ねこのいたずら』を持ち帰りたかったはずです。鞄に忍ばせるなどして持ち帰り、処分したかった。しかし、とある女の子から男の子が持っている本が危険だと指摘されたから、ずっと持っているのは危ないと感じた。だから仕方なくこの本は隠し、提出した方の本に皆の意識を向けさせようとした。そして館長から男の子が読んでいた本の提出をお願いされた時、元々男の子が2冊持っていた事は言わなかった。しかしお母さんがこの本を知っていると答えてしまった為、男の子が2冊持っていた事を渋々話すことになってしまった。違いますか?」
「そこまでだ」
女性に対して追及の手を緩めないダミアンさんを制止する声が、図書館の入口方向から耳に届いた。




