第15話 俺はニコルさんに反発する
「ニコルさんと俺は違うかもしれないじゃないですか。俺以外の転生者には会っていないんですよね」
転生者は能力以外の魔法が使えないという発言に、俺は僅かながら抵抗する。
「君の言う通り、絶対にそうだと判断するには分母が少ない。でも過去に存在した魔法不能者を調べると、別の特別な才能で名を馳せていることが多い。彼らも転生者だったんじゃないかなと思っている」
「ニコルさんは回復魔法が使えるんだから、魔法不能者ではないと思います」
ああ、無駄に上げ足を取りに行ってしまった。
ニコルさんの言っていることが正しいんだと左脳が理解しても、右脳が拒絶している。
「ふふふ、そうだね。私は確かに魔法を使っている」
優しい顔で笑われてしまった。
反抗的な子供を諭しているような感覚なんだろうか。それとも、呆れているのか。
「ちょっと話を変えよう。私は自分のために土や風の魔法を使いたかったんだが、君はどうして魔法を使いたいんだい?」
どうして?
「産まれた時から家族の魔法を見ていて、俺も魔法を使いたいと思ったから」
「うんうん。私も家族を見て医者を目指したから、気持ちはよくわかるよ。子供の頃は家族がやっていることに興味を示すものだ」
前世の俺が剣道を始めたのは、血縁じゃないけど、近所に住むお兄さんがやっているのを見てかっこいいと思ったからだった。今世では特に姉さんの魔法に魅かれた。
「しかし、憧れてもそれで大成するとは限らない。前世では私も医者になるのには苦労した。今世では回復以外の魔法はとっくに諦めた。君はどうだい?魔法以外にやりたいことを考えているかい?」
「今のところ魔法以外のことは考えていません。ニコルさんは大成しないから止めろって俺に言ってるんですか?苦労してでも頑張れば成功するって言いたいんですか?」
大人になったら商売をやろうかなとは漠然と思っているけど、それまでは魔法修得が第一目標だ。
「どっちに取ってもらっても構わない。不退転の覚悟で進もうと、常に退路を用意して歩こうと、構わないんだ。大事なのはどうするか決める事だ」
「私は医者としての信念を捨てて戦場から逃げ出した。私が逃げずに回復していたら何人もの人が助かっただろう。私は今も囚われのままだっただろうが」
「私が悩んでいる間に戦争はどんどん広がり、もはや誰にも止められなくなるほど大きくなった。私がもっと早く魔法を使わないと決断していたら、あそこまで戦争は広がらなかっただろう」
「君も早めに決断するべきだ。一生をかけてでも魔法を使える道を探すのか、どこかに魔法を諦めるポイントを設定して進むのか。魔法が使えないかもしれないとウジウジ悩んでいるとストレスが溜まるだけだよ。これは経験者として、もしくは医者としてのアドバイスだ」
「ウジウジとなんて悩んでません。それに俺は医者を信用しない主義です。前世で嫌な目に会ったんで」
また態々言わなくてもいいことを言ってしまった。
でも医者が信用できないのは本当の事だ。
「そう。悩んでないならよかった。過去にどんな目にあったかは分からないけど、私はもう他人を見捨てないと決めたんだ。戦場から逃げだした時にもう二度と見捨てないと誓った。だから君に何かあっても私が必ず助けるよ」
「なんでそこまで言い切るんですか。そこまで親しい訳じゃないのに」
「初めて転生仲間に会えて嬉しいのと、君を見ていると昔私が悩んでいたころを思い出すから、かな。医者になるために悩んでいた私も、囚われから抜け出せなくて悩んでいた私もね」
「大きなお世話です。それに、俺の能力はニコルさんの回復魔法を必要としません。だから俺は医者の世話にはなりません。溺れたのは不可抗力です」
「君と一緒に暮らしているマリーと比べて病気にならないし怪我も少ないから、何となく察していたよ。他の人も何かあると気付いているかもな。まあ君のことを子供の頃から知ってる近所の小母さんがおせっかいなことを言っている、と思ってもらっていいよ」
ニコルさんがそう言うならもうそれでいいか。俺はもう反論するのに疲れたよ。
結局この話の肝はなんだ。
転生者は他の魔法を使えない可能性がある。諦めも肝心だが、頑張れば成功するかも。悩むなら決断しろ。何かあったらニコルさんが助けてくれる。
こんなところか。
「助言、ありがとうございます。でも、俺はまだ魔法を使うことを諦めません。今はニコルさんに助けてもらうことが無いので、必要があれば診療所に伺います」
「わかった、じゃあ今日はこれで帰るよ。お大事に」
ニコルさんは立ち上がり、座っていた椅子を元の位置に戻す。
丁度その時に、スープを持った姉さんが入室してきた。
「ゲオルグ、おまたせ。温かいスープだよ。美味しそうだから先に私が一杯食べちゃった」
野菜とベーコンが入った玉子スープ。味付けはシンプルだけど俺も好きだよ。アンナさんは俺達の好みを良く分かっている。
「あら、美味しそうね。私も料理は得意なんだけど、何か作って持ってこようか?」
「え、ほんと?私も食べたい」
俺が答える前に姉さんが即答してしまった。断り辛くなったじゃないか。
そんなに期待した目で見られても困る。頼まなきゃだめ?
駄目みたいだ。なら折角だから前世の味を作ってもらおう。
「じゃあ、チーズバーガーとフライドポテトのセット。ドリンクは果実のジュースで」
アメリカ出身と聞いてハンバーガーしか思いつかなかった俺を責めてくれ。
笑顔で了承したニコルさんが帰った後、チーズバーガーとは何なのかと姉さんに説明するのが大変だった。




