第14話 俺はニコルさんの話を聞く
「なんで俺が転生者だって分かったんですか?」
とりあえず浮かんだ疑問を先に消化しておこう。
「私はここ何年も王都で生まれる子供を取り上げているんだ。取り上げた時にこの世界には無い言語で話しかけて、それに子供が反応したかどうかで判断している。覚えているかな、君は反応したんだけど」
「ウェルカムと言われたのは何となく覚えています。あれはニコルさんでしたか」
あの時はまだ目がよく見えずに誰だか分らなかった。気のせいかなとも思ったから、特に誰が発言したのかは探さなかったな。
「そう。まあ英語は他の世界からの転生者には意味が無いし、地球でも英語を理解出来ない人はいるけど。私はドイツ生まれアメリカ育ちだが、君は何処の出身?」
「俺は生まれも育ちも日本ですが、転生者を探してるんですか?」
「まあそうだね、正確には私の知り合いを探しているんだが」
それは無謀じゃないか?
「転生しないかもしれないし、この世界を選ばないかもしれない。この世界に来ても他の国で産まれているかもしれませんよ」
「それはわかってる。でも私はじっとしては居られなかったんだ」
「昔の知り合いにどうしても会いたいってことですか」
「ああ、会いたい。会ってまた色々話したい。私が死んでからどう生きているのか気になる。また一緒に笑いたい。君はそう思わないかい?」
「もし会えるのなら俺も会いたいと思いますが」
妹や両親に何かあったらアマちゃんが教えてくれる筈だけど、こちらから聞き出すことは出来ない。最近はマギー様とも話を出来てないし。
それに幼馴染のことも思い出しちゃったし。
「私の知り合い本人がベストだけど、その人を知っている人でもいいんだ。多分私が死んでもアメリカで暮らしているはず。だから英語で話しかける。王都に来てそろそろ10年になるが、転生者だと判明したのは君だけだけどね」
「俺が生まれてすぐ転生者だとわかったなら、なんで今まで黙っていたんですか?」
「英語に反応したのは君が初めてだったからね。少し慎重になっていた。だが去年アイスとコンデンスミルクが流行りだした時、転生者が動き出したんだなって思った。店名はフリーグアイスクリームだから、君の可能性が大きくなった。今日アリーとアンナが診療所に来た時に、我慢できずに聞いてみた。レシピを教えたのが君だというから、君が転生者だと確信した」
困ってる人たちを助けようと思って俺はレシピを提供した。治癒魔法のことは隠すつもりだけど、転生者であることは隠すつもりもなかった。だから知られてもどうってことないと思っている。
「俺がアメリカ出身じゃないし、アメリカ人の知り合いもいません。残念でしたね」
「ああ残念だ。でも新たに地球から転生者がやってくると分かっただけで充分だ」
地球には何十億人も人間が居て、その中の何人が転生者になれるんだろう。
転生の前にアマちゃんに見せてもらった画像には、沢山の世界が映し出されてた。その中でこの世界が選ばれる確率はどれくらいなんだろう。
ニコルさんにそこまで思われている人がこの世界に転生することは、あり得るんだろうか。
それは分の悪い賭けだよ。
「この世界の神様に、ニコルさんの知り合いを転生させてと話してみてはどうですか?」
「私がこの世界の神と話せたのは転生直前に能力を授かった時だけだ。毎日祈りを捧げているし、毎年何回も教会へ足を運んでいるけど話せたことは無いね。転生する時はよく考えていなかったんだ、こんなに寂しい気持ちになるなんて」
俺が神と話せるのは、俺の死の責任が神にあるから。普通の転生者はそんなことは出来ないんだな。
「あの、俺から神さまにお願いしておきましょうか?」
「ふふ、気を使ってくれてありがとう。神に通じるかどうかわからないけどお願いするよ。お返しというわけではないんだけどちょっと私の話をしよう」
神と話せるなんて信じないよね。最近は話せてないけど明日にでも教会に行ってみようかな。
「私はね、前世では医者だったんだ。ドイツ人だった父も、アメリカ人だった母も、他の兄弟も医者だった」
「医者一家の家族を見て育ち、いつの間にか私も医者を目指して、なんとか医者になった。働きすぎて倒れるまでずっと医者だった」
「この世界でも医者をやろうと思って、転生の時の能力をお願いした。それしか生きる術を知らなかったから」
「神は回復魔法を使う能力をくれた。一般的な回復魔法より強力な魔法が使えると言われた。能力のおかげで私は生まれた直後から回復魔法を使うことが出来た」
「成長して動けるようになると目に付いた人は誰でも治療した。どんな怪我でも、どんな病気でも。貧乏人でも、金持ちでも。魔法を使いすぎて倒れた時は前世のように過労死するかと思った。それでも患者が居たら魔法を使い続けた」
「気付いたらその土地の王族に売られていた。私の自由はなく、城に閉じ込められ、その王族の利益になる人しか治療出来なくなった」
「私はその環境から抜け出そうとしたけど、小さな子供だった私は無理だった。なんでだと思う?」
急に話を振らないでよ。話に聞き入っていたから驚いたじゃないか。
「警備が厳重だったから?」
当たり前の事しか出てこなかった。急に問いかけるのは止めてよ。
「それもあるけど、大きな理由は私が回復魔法以外使えなかったから。土魔法が使えたら地面を掘って逃げるのに。飛行魔法が使えたら空を飛んで逃げるのに。魔法を使って人を攻撃しようとは思わなかったけど、逃げ出すためには利用できたはずだ」
「しばらくすると城に幽閉されるだけじゃなく、戦場に連れて行かれて負傷者を治療した。何度も戦場に行った。人助けだと思って頑張った。私の魔法で味方の兵士は助かり、敵の兵士は死んでいった」
「目の前で死んでいく敵の兵士も回復させてくれと何度頼んでもダメだった。このままずっと続けて行くのかと悩み続けた」
「あるとき酷い負け戦になった。敵味方関係なく沢山死んだ。その混乱でなんとか逃げ出して、この大陸に渡ることが出来た。私の力を使って各方面から恨まれていたその国は、そのまま滅んでしまったらしい」
「それから私は各地を放浪し、この王都に来た。相変わらず医者からは抜けられない生活をしている。長々とこの世界での半生をしゃべってしまったが、私が何を言いたいかわかる?」
また急に来た。ちょっと待って、考えてコメントするから。
「転生の能力を使ってあまり目立つな。アイスとかき氷は能力で作ったわけじゃないけど、注目されるから危険だってことですか?」
「それもある。だが今回はヴルツェルのフリーグ家にみんなの目が行っている。君に何かしようとする人はいないだろう、君のお爺さん以外は」
確かに。これからも爺さんに何か言われるかもしれないとは思っている。自分の家族のためになるなら何かしてあげたいとは考えているけど。
「これは私の考えなんだけど、神から何かの能力を貰った転生者は、それ以外の魔法を使えなくなるんじゃないかな。君がどんな能力を貰ったのかは知らないけど、昔の私みたいに魔法を使えなくて悩んでるんじゃない?」
うすうす、そんな気はしていた。俺の魔力は全部治癒魔法に使われてるんじゃないかって。
でも、言葉にしたら本当になるから。言霊になるから黙っていたのに。




