第18話 俺はローズさんにからかわれる
「あの、私も中で話を聞きたいんですけど」
ローザリンデ様と一緒に応接室に入ろうとして止められたローズさんが、応接室の扉の前で道を塞いでいるルトガーさんに願い出る。
「申し訳ありません。ローザリンデ様のみを通すようにと厳命されておりますので。もちろん、坊ちゃまもダメですよ」
どこか神妙な顔付きでルトガーさんが俺に向かって忠告をする。
俺は何も言ってないんだけど、中で何を話しているのか興味が有るって顔に出てたかな?
「何度聞いても坊ちゃまって呼ばれ方、ゲオルグには似合わないわね」
ルトガーさんの言葉に反応したローズさんが、ふふっと嘲笑的な笑いを向けて来る。
俺だって嫌だけど、ルトガーさんが絶対に止めないって言うから仕方ないんだよ。ルトガーさん以外は名前で呼ぶんだから、それに倣って欲しいんだけど。
「かつて坊ちゃまと呼んでいた旦那様のご子息を坊ちゃまと呼ぶのが私の夢でした。なので、坊ちゃまが結婚されて男子が産まれるまでは坊ちゃまのままですね。この呼び方が御不満なら、早く結婚出来るよう頑張って下さい」
まだ10歳になっても居ない子供に早く結婚しろって言うかね普通。俺の結婚よりも、ルトガーさんの方がさっさと結婚するべきだよ。父さんより年上なんでしょ?
「私はまあそのうち。相手の都合も有りますからね。特に急いではいません」
さっき俺に言った事と矛盾してるんだけど。
「さあ、扉の前でふざけていると中の皆様の邪魔になりますから、申し訳ありませんがお引き取り下さい。恐らく後でお話があると思いますので、御声が掛かるまで暫くお待ち下さい」
ルトガーさんに頭を下げられたローズさんは、少し不満げな顔を作りながら、渋々と扉の前から立ち去った。
「はぁ。この時期に総魔研から使いが来てお母様が呼ばれるって事は、十中八九ロジーの事よね。いったいどんな話をしているのか、気になって全く落ち着かないわ」
男爵邸の食堂で、ストレスを発散するかのようにパクパクとおやつのドーナツを口に運ぶローズさんが、もう何度目かの同じ愚痴を言って来る。
その愚痴をはいはいそうだねと聞き流しながら、俺も砂糖をたっぷりと振りかけたドーナツを食べている。小豆が手に入るようになって餡子が作れるようになったら、あんドーナツを作りたいな。
因みにロジーちゃんは他の子供達と一緒に魔法の勉強中だ。ローズさんも一緒に勉強したらいいと思うんだがそちらに参加する気配は無い。
「ところでマリーはどうしたの?この屋敷に居るんでしょ?呼んで来てよ」
俺に愚痴る事を漸く飽きたのか、ローズさんはこの村唯一の女友達を求めて来る。本好き同士で話が合うのは解るけど、もっと他の子とも交流して友達を増やした方がいいよ?
「そう言うゲオルグはこの村に友達居るの?マリーは抜きでよ?」
あ~っと、多分マリーはサクラを寝かしつけた後にどこかで本を読んでいるだろうから、探して来るよ。少しゆっくりしてて。
逃げたっと言うローズさんの言葉を背に受けて、俺は食堂を出て行った。
友達の境界線って難しいよね。
お互いに対等って言うか、有る程度遠慮無しに会話出来る存在は友達と呼んでもいいかと俺は思っている。更に踏み込んでお互いの個人的な領域に入って行くと、親友と呼ぶのかな。
村の子供達の中ではロミルダとは特に仲が良いつもりだけど、村の子供達は俺の事を領主の息子として扱うから、友達かと言われると微妙な関係だと思う。こっちは気にしていなくても、向こうは遠慮するだろうからな。
エステルさんやクロエさんは姉さんの友達って感じだからそれもちょっと違うし、アプリちゃんも友達って感じじゃない。
マリーを除けられたらもう他にローズさんとロジーちゃんしか居ないけど、面と向かって貴女は友達だと言うのは恥ずかしいよね。しかも男友達は居ないのかと笑われそうだ。
まあ俺にはプフラオメ王子が居るし、来年学校に通うようになったら腹を割って話せる友達もきっと増えるさ。その時にはローズさんに、目に物を見せてくれよう。
友達作りでローズさんに負けるわけにはいかないと決意した俺は、前世の俺にとって中学校を卒業するまでに友達と呼べる人間は男女一人ずつしか居なかった事を、すっかりと忘れてしまっていた。
ローザリンデ様を応接室に案内して小一時間ほど経った頃、2人の来客が帰って行った。
応接室から出て来たローザリンデ様はどこかスッキリとしたような良い笑顔を作っていた。あれ程心配してたローズさんはローザリンデ様の表情を見て、何も言わずに顔を綻ばせて帰路に就いた。
反対に父さんはぐったりとしていて、何が有ったかは夕食後に話すと言って自室に籠ってしまった。
そんな父さんの様子を見て、ローズさんに代わって今度は俺がそわそわして時計の針を何度も見る事になった。




