第17話 俺はサクラの相手をする
アリの巣の近くにリンゴの切れ端をお供えしたカエデは、ふぃーと声を出し、右手の甲でおでこの汗を拭っている。
一仕事を終えて満足しているんだろうが、いったい誰からそんな仕草を覚えたんだろう。
カエデの右手に握り締められたリンゴは少し潰れてしまっていたけど、アリ達にはそんな事関係無く立派な御馳走だ。
リンゴに群がるアリ達を少しだけ見守って、カエデはとても良い顔で帰ろうと口にした。
家に戻ったカエデは、母さんと一緒に風呂に入って村中を動き回って付いた汚れを落とし、昼寝をする準備をしている。右手はリンゴを握っていて汚れていたし、まだ涼しい春先とはいえ走り回れば汗もかく。スッキリした体で眠りにつくのは気持ちいだろうが、抱いて眠る黒猫のぬいぐるみは汚れてるんだよな。風呂に入っている時にカエデと一緒に洗ったらどうだろうか。
「にいさま、これ」
黒猫のぬいぐるみを何とかしたいと考えいている俺に、サクラが本を持って近寄って来た。
サクラが差し出して来た本は、もう何度も何度も読み聞かせて来た絵本だった。
またこれを読んで欲しいという事だろうが、サクラはお昼寝しなくていいの?
「しない、よんで」
そうかそうか、お昼寝より俺と遊びたいか。じゃあ今日はどんな設定がいいのかな?
「とてもつよいおに」
はいはい、強い鬼ね。ところで、白猫のぬいぐるみはどうしたの?
「おそとでおひさまのちからをためてるの」
そっか、今日も洗ってもらって乾かしているのか。サクラは綺麗好きだね。カエデも見習って欲しいんだけど。
「カエデはカエデ。サクラはサクラ」
あ、うん、そうだね。一緒にするのは良くないよね、ごめんごめん。でもぬいぐるみは綺麗な方がいいと思うけどね。
じゃあカエデのお昼寝の邪魔をしないように応接室にでも行こうか。
「赤鬼は真っ赤な火の玉を使って、飛び掛かって来た猿を追い払いました。青鬼は水流を操って、咬みつこうと駆け寄って来た犬を撃退しました。それを見た桃から産まれた少年は、冷や汗を垂らしながら猿と犬を抱きかかえ、雉と一緒に舟に乗って島から逃げ出しました。こうして襲って来た敵を撃退した鬼達は住んでいる島を要塞化し、近くを通りかかる船を襲撃しながらいつまでも幸せに暮らしました。因みに、桃から産まれた少年は傷ついた猿や犬の治療をしながらお爺さんとお婆さんの仕事を手伝って暮らし、近くの村に住む気立てのよい女の子と出会い、こちらも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
物語を紡ぎ終わって絵本を綴じると、サクラが可愛い手を打ち鳴らす。
サクラの要求に従って絵本の後半を作り変える。その話が気に入らないとサクラは拍手せずにもう一回と行って来るから、今回は上手く行ったようだ。
「どちらの勢力も幸せに暮らしましたって中途半端なお話ですね。もうちょっと一ひねり出来ないんですか?」
いつのまにか応接室に入って来ていたマリーが俺の作った物語に苦言を呈する。
別に皆が幸せになる話でもいいじゃないか。俺は不幸な物語は嫌いなんだよ。マリーは文句を言う為に態々来たのか?
「いえいえ、サクラ様にぬいぐるみを渡す為ですよ。はい、サクラ様。お日様の力をいっぱい吸ってポカポカですよ」
背中に隠していた白猫のぬいぐるみを取り出したマリーが、それをサクラの目の前の机にポンと置く。
サクラはそのぬいぐるみをすぐに持ち上げてギュッと抱きしめ、ぬいぐるみにその可愛い顔を埋めた。
いいよね、お日様の匂い。
俺の言葉を耳にしたサクラはぬいぐるみから顔を上げ、可愛らしい笑顔を向けて来る。
「うん、いい。これでおひるねできる」
ぬいぐるみを抱いたサクラは座っていたソファーから飛び降りて、マリーが開け放った応接室の出口へと向かって行く。
なんだ、寝ないって言ったのはぬいぐるみが乾くのを待つ為だったのか。俺と一緒に遊びたいからかと思って喜んだじゃないか。
「カエデ様とゲオルグ様が午前中に居ない時にサクラ様は寂しがっていましたから、ゲオルグ様と遊びたかったのも有ると思いますよ。そんな変な顔してないで、次もサクラ様と遊んであげて下さいよ」
ちょっとだけ悲しくなった気持ちをマリーに窘められて、俺はちょっとだけ反省した。
「ゲオルグ、ちょっと来客が来たからここを空けてくれ。ついでにローザリンデ様を呼んで来てくれると助かる」
サクラとマリーが居なくなった応接室で1人だらりと過ごしていると、父さんが入室して来た。
この村の男爵邸に来客なんて珍しい。昨日から王都の男爵邸を留守にしていたから態々こっちに来たのかな。
「王城の総魔研からの使いだ。なるべく早くローザリンデ様を呼んで来てくれ」
どうやら父さんの中で俺がローザリンデ様を呼びに行くのは決定事項の様だ。どうせやる事もないし、行って来るか。
応接室を出ると、そこには見知らぬ男性が2人立っていた。この人達が総魔研からの使いかな。
俺は2人に一度頭を下げて、男爵邸の玄関へと小走りに急いだ。




