第8話 俺は魔力検査の会場に出向く
「じゃあ皆、一発かましてやれ。おじさんは応援に行けないけど、船と一緒に良い報告を待っているからな」
魔力検査に出場する子供達を船から降ろした船頭さんが、子供達に声援を送る。つい先日、ニコルさんの下で看護師として働く奥様の妊娠が分かった事を受けて、船頭さんはいつも以上にご機嫌だ。
頑張りますと答えた4人の子供とその保護者達と一緒に、俺達も入都手続きの為に船着場の役人の下へ向かう。1人皆と違う時間に検査を受けるロジーちゃんは、朝一で検査を受ける子供達と入れ替わりに、午後になって王都へ来る予定だ。
船の時間までもう一度寝ますとロジーちゃんは笑顔だったけど、やっぱり皆と一緒が良かったよな。船の中でこれからの検査の事をワイワイ話し合っていた子供達を見ているとそう思う。俺も検査の時はマリーやプフラオメ王子と一緒だった。知り合いと一緒の方が緊張が解れていいと思うんだ。
「ゲオルグ様、なにやってるんですか。置いて行きますよ」
はいはい、すぐに行きますよ。
少し立ち止まって考えに耽っていた俺はマリーに急かされて、船着場を出る子供達を追いかけた。
競技場の中央で、男の子が全身を使って深呼吸をしながら検査開始の合図を待っている。
男爵家の村からやって来た男の子が今日一番最初の受験者。もう1つの試験である測定試験は既に終わっているが、その結果は俺達は解らない。彼の落ち着いた様子を見るとそれほど悪くない結果だったんだと思うが。
俺は観客席の最前列に陣取り、楽しみ半分緊張半分で男の子を見守っている。
朝一番にもかかわらず、競技場の客席が埋め尽くされるほどの人が集まっていた。
魔力検査の見学は以前から行われていたが家族親戚が見に来るくらいで、他人の子供の見学に来る人はあまりいなかった。しかし最近は、多分ロミルダがやらかしたからだと思うけど、何か面白い事が起こるんじゃないかと期待して多くの人々がやって来るようになった。冒険者ギルドが従来通り観客から入場料金を取っていないのも、客が増えている要因だろうな。その代わり競技場周囲に出店する屋台は増えているけど。もちろん男爵家は今年も、ロミルダが育てた街路樹の周りで屋台を開いている。
男の子の次の受験者が競技場にやって来たところで、検査官の1人が風魔法を使って声を拡散させる。
「では、技能試験を開始します。4つの土塊が浮き上がって動き始めた後に、受験者は魔法を使用してください。では、始めっ」
女性の検査官の合図により、男の子から随分と距離を取ったところに土塊が出現し、空中をゆっくりと動き始める。明らかに手を抜いた緩慢な動きで、さあ力を見せてみろと男の子を挑発する。
「血と滋養、身の発育に、消費する。我が爪伸ばし、十の武器とせ」
対する男の子もゆっくりと、しかし力を込めてはっきりと、観客席まで声を響かせて詠い上げる。
「伸爪」
言霊を発した男の子の両手から、10本の爪が膝下まで一気に伸びる。
「血と滋養、身を護る為、消費する。我が爪は鉄、鋭く折れぬ」
男の子は続けて2つ目の詩を詠う。
「鉄爪」
膝下まで伸びた長い爪から、淡い光が放たれる。
その光の終息と共に、男の子は走り出した。
先ずは最も近くで空中を漂っていた土塊に向かって、長く爪が伸びた右腕を振り上げる。
油断していたのか、あえて攻撃を受けようとしていたのか、逃げようとしなかった土塊は5本の爪によって無残にも切り刻まれた。
それを見ていた3つの土塊は、速度を上げて移動を開始する。
男の子も飛行魔法を使って浮き上がり、縦横無尽に動く土塊との追いかけっこが始まった。
技能試験を終えた男の子は、満足そうに俺達に手を振って競技場を後にした。
男の子は飛行魔法を使って強引に土塊へ接近し、両手の爪を使って全て物理で破壊した。
高速で飛び回る土塊に接近出来るほどの力が有るのなら、風魔法で撃ち落とした方が早いと思うんだが。
もしくは爪を切り離して飛ばすとか、爪を使いたかったと言う気持ちは解るが、接近戦に固執する必要は有ったんだろうか。この試験で接近戦がどれほど評価されるかは未知数だ。
「爪を剝がすとか、なんでそんな気持ち悪い事を言うんですか。爪が両手から剥がれて血だらけになっている子供なんて誰も見たくありませんよ」
ははは、そうだねマリー。それは気持ち悪いよね。でもそういうつもりで言っていないのを解ってて言っているよね。
「頑張った子を素直に褒めずに嫌な事を言うからですよ。なんとか回復魔法を試験に使えないかと一生懸命考えていたんですから、褒めてあげて下さい」
はい、次に会ったらしっかり褒めます。
ところで、2つも回復魔法の言霊を使った割には、彼は元気だったね。姉さんが開発した回復魔法の言霊を使ったら、あっという間に魔力を消費して倒れるのに。
「アリー様の言霊は自分の魔力で他人の治癒を行う言霊。あの子の言霊は自分の魔力で自分の成長を早める言霊。魔力の使用量は段違いですね。だからと言って言霊を乱発したら、魔力より栄養不足になって倒れるかもしれませんが」
詳しいんだね。
「2つ目の言霊は私も一緒に考えましたから。さあ、次の子の試験が始まりますよ。あの子はどんな事をやってくれるのか楽しみですね」
そう言って笑うマリーの雰囲気は、良く出来た弟子を自慢するアミーラのそれとそっくりだった。




