第3話 俺は妹2人にぬいぐるみを贈る
カエデ達のご機嫌取り目的で作った2つのぬいぐるみ。
完成したそれを手渡した時の2人の第一声は、これはねこさんじゃないっ、だった。
カエデは手に持った黒猫を壁に向かって投げつけた。投げるのは良くないよと軽く説教をすると、眉間に皺を寄せて不満を表す。
うん、可愛い。
可愛いけど、今からダメな事はダメなんだと教えておかないとな。姉さん以上に自由奔放な子に育ったら、ちょっと大変だから。
「要らないのなら、お母さんが貰っちゃおうかしら」
俺とカエデの遣り取りを黙って見ていた母さんが、壁の下に転がっていた黒猫をひょいと持ち上げる。
「ふわふらで凄く柔らかいわね。黄色い目も凄く綺麗。サクラが持っている白猫ちゃんは青い目なのね。サクラが要らないのなら、その子もお母さんが貰っちゃうけど?」
母さんは右手で黒猫を大事そうに抱きかかえ、サクラの方に左手を差し出す。
カエデと違ってぬいぐるみを投げ捨てなかったサクラは、その手に持った白猫に一度目を落とし、首を左右にふるふると振って意思表示をした。
「そう、サクラはその子が気に入ったのね。それならお兄ちゃんにありがとうって言わないとね」
母さんにそう促されたサクラは、ありがとう、と言って小さな頭をちょこんと下げた。
うんうん。サクラは賢い子だね。お兄ちゃんは嬉しいよ。
俺達3人の遣り取りをカエデはじっと黙って観察している。気になるのなら入って来たらいいのに。
「サクラは白猫、お母さんは黒猫ね。撫でるとふわふわで気持ちいいわね」
母さんが黒猫の背中を撫で、サクラも母さんを真似て白猫を撫でる。
あまり表情が変わらないサクラだが、その小さな手は止まることなく白猫を撫で続けている。
少しは気に入ってくれたのかな?
サクラ、頭の方も撫でてみてよ。そうそう、頭。
「にゃ~」
サクラの可愛い右掌が白猫の頭を1、2回撫でた後、白猫の頭部から鳴き声が発生する。
音が出るとは思っていなかったサクラは驚いて、白猫から両手を離してしまった。
床に落ちてごろんと転がった白猫を、サクラはじっと見つめている。動き出すのか、動かないのか、見定めようとしているのかな。
「そう、頭を撫でると鳴き声が出て目を閉じるのね。凄く良く出来てると思うわ。ほらサクラ、こっちの子も同じように鳴くから、怖がらなくても大丈夫よ」
俺から鳴き声の出し方を聞いた母さんが、黒猫の泣き声をサクラに聞かせる。何度も聞かせるから、白猫はずっと瞬きをしている状態だ。
「ほら、怖くないでしょ」
瞬きしながら鳴き続けるぬいぐるみって割と怖いと思うけどな。転生前の2歳の俺がそれを見たら怖くて泣いてしまっていたかもしれない。
しかし俺の不安とは裏腹に、サクラは再び白猫を抱き上げて頭を撫で始める。
撫でると音が出るという事を正確に理解したサクラは、何度かその行動を繰り返した後、にぱっと笑顔を作って俺に話しかけて来た。
「ねこさんかわいい。ありがとう」
なんのなんの。サクラの喜ぶ姿が見えて、お兄ちゃんは嬉しいよ。
う〜、う〜。
サクラの頭を撫でてスキンシップをしていると、カエデが声にならない声で呻き始めた。要らないと投げ捨てたぬいぐるみを求めて、心の中で葛藤しているんだろうか。素直に謝れば母さんも黒猫を取り上げたりしないのに。
「じゃあこの子達に名前を付けてあげましょうか。サクラは白猫ちゃんの方をお願いね。何が良いかしら。自分の子供に名前を付けるよりずっと悩むわね」
黒猫の顔を見てじっと考える母さんを真似て、サクラも同じ動きをする。本当に考えているのかどうかは解らないが、うんうん悩む姿も可愛らしいぞ。
カエデはどうする?
投げ捨ててごめんなさいってちゃんと言えたら、母さんから黒猫を取り返してあげるよ?
「それでゲオルグ。あのぬいぐるみは父さんのお陰で出来んだと、ちゃんと2人に伝えたんだろうな?」
夜遅く、仕事から帰って来た父さんに凄まれた。カエデ達から好かれたい父さんはあの手この手で2人の気を引こうとしている。別に嫌われているわけじゃないんだけど、より愛を求めているとかそんな感じ。
でも父さんの希望通りにはなってない。誰が作ったかは2人に伝えていないから。そんなこと言っても2人は理解出来ないと思うよ。
「ならせめて、俺とゲオルグからの贈り物ということにしようじゃないか」
う〜ん。俺の口からは何とも言えない。そういう風にしたいのなら父さん1人でやってよ。
「2人とも、静かにしなさい。カエデ達が起きてしまうでしょ」
父さんと言い争いになろうかという所で、2人して母さんに叱られる。小声でも迫力を失わないその声に、俺と父さんは争いを止めて押し黙った。
俺達は今、母さんの寝室で眠る2人の幼子の寝顔を覗き込んでいる。
遊び疲れて2人はぐっすり眠っているが、その小さな手にはぬいぐるみが1体ずつ握られていた。




