第96話 俺はアミーラの話を伺う
『ロジーからアプリに手渡された後、私はやる事も無くただただ惰眠を貪っていた。マントの中は暖かく、優しく撫でるアプリの手は私を睡眠へと誘導してくれた。まあロジーの撫で方の方が私は好きだけどな』
2皿目の肉を食べて満足したアミーラが、ぽつぽつと語り始める。
アミーラの言葉を理解出来ない父さんにはマリーが通訳をしていた。
『席に座ったアプリの膝の上で眠っていると、時々撫でる手の動きがぎこちなくなる時が有った。そういう時は決まって誰かに話しかけられていた』
『マントの中だったからどんな人間かは解らないが、話しかけてくる声はいつも同じ声で、恐らく女性だ』
女性というのは王太后の事だろうな。観客席からも話しかけられている姿は見えていた。
『今はどこに住んでいるんだとか、普段は何を食べているんだとか、友達は出来たかとか、魔法の腕は成長したかとか。世間話に紛れて答え辛い質問を放り込んでくる。その度にアプリは答えに詰まって、撫でる手に力が入っていた』
『しばらくは座ったまま話を続けていたが、少し人の居ないところで話をしようと何度も誘われるようになって、アプリは仕方なく席を立った。もちろん私も抱きかかえられたまま一緒に行った』
抱きかかえられていて、マントは膨らんでいただろ。その膨らみを誰かに不振がられなかったのかと、父さんが口を挿む。
『マントの膨らみを聞かれた時は、マントの内側に肩掛けの鞄が有ると応えていた。背中に回すと座る時に邪魔になるからと。誰もマントを脱げとは言わなかったから、それで回避出来ていた』
国王もマントを羽織ったままだったしなと父さんがその答えに納得する。
『暫く歩いて、別の部屋へと誘導された。誰か待ち伏せしているのかと気を張ったが、そこには誰もおらず、アプリとその女性の2人だけになった。そこでその女性は、アプリを勧誘し始めた』
『自分の下に来たらより良い生活が待っていると。アプリの才能を役立てる場所を用意出来ると。こそこそ隠れる事無く自由に生きて行けると。耳触りの良い言葉を並べてアプリを勧誘して来た。まあアプリは何を言われても全て断ったんだがな。断るたびに相手が少しずつ語気を強めていくのが面白かったな。きっと良い顔をしていたと思うぞ』
にゃははと声を上げて笑うアミーラも、良い顔をしているぞ。
『女性の声が怒鳴り声になった頃、2人の人間が部屋に飛び込んで来た。声からすると2人共男性。その2人の乱入によって女性との話は終了。アプリはその男性の片割れと一緒に誘導されて黙って席に戻り、女性は何でもないと言い繕っていた』
アプリちゃんはその場で相手を糾弾しなかったのか。何か言っておけば、そこで王太后の悪巧みが露呈していたかもしれないのに。
『どうして何も言わなかったのかは私には解らないが、アプリは少し気落ちしていたな。席に座って私を撫でる手に全く力が入っていなかった。痒いところに手が届かないと言うのはああいう事を言うんだな。まあそれであの時の話は終わりだ。後はロジーの所に帰るまでゆっくり眠っていたぞ』
そう。話してくれてありがとう。アミーラが声を出せて助言出来ていたらもう少し変わった結果になっていたかもしれないけど、流石にマントの内側から猫の鳴き声が聞こえたら不振がられるよな。
「その部屋に入って来たと言うのは途中から貴賓席に姿が見えなくなっていたプフラオメ王子と宰相だな。アプリコーゼ様と王太后の間に何か有ったという事は既に国王の耳にも入ってるか。まあしかし、これで王太后がアプリコーゼ様を狙っていたのははっきりした訳だ。さて、どういう風にして今の話を国王に伝えるか」
アミーラから聞いたって言うのは信じられないと思うから、アプリちゃんからって事にした方がいいのかな。
「そうだな。一応国王に話す前に、村に行ってアプリコーゼ様に確認して来るか。そろそろアンナがアリーとエステルの送迎を終えて帰って来るころだから、アプリコーゼ様の様子はどうだったか聞いてみよう。その後はロジー達を連れて村に行くことにする。ゲオルグも行くか?」
父さんの問いに俺は即答した。
朝食後暫く時間を潰していると、姉さんとエステルさんを学校に送り届けたアンナさんが戻って来た。
村の様子は落ち着いていて、特に問題になるような事は無かったらしい。
朝早く王都の宿を出た子供達が村に帰り、学校に通う子はすぐに準備して王都へ折り返す事になってしまったが。学校に通う子を優先して昨日帰した方が良かったかな。ちょっと反省。
昨日村に帰って来たアプリちゃんは少し気落ちした様子が有ったが、今朝は元気にラジオ体操とマラソンを熟していたそうだ。身内が引き起こしたと思われる事件が有ったばかりなのに。俺ならすぐに日常に戻れる気がしない。
日常に戻って、昨日の事は忘れようとしているのかもしれない。
それなのに俺達はこれからアプリちゃんに会いに行って、昨日の事を思い出させようとする。
このまま何もせず、放っておいてた方が良いんじゃないかと考えてしまう。
「アプリコーゼ様の身の安全を確保するには、王太后のようにアプリコーゼ様を利用しようとする人達を排除しないと行けないと俺は思う。時間が経てば経つほど記憶は曖昧になり、打てる手も少なくなっていく。思い出させるのは酷な話だと言う意見も解るが、やらなければならない事もあるんだ」
力強く発現する父さんに、俺は曖昧な返事を返した。




