第9話 俺は氷結魔導師の未来を担う
ヴルツェルでもプリンは好評だった。
プリンを持ち帰った翌日にまた飛んできた姉さんが、そう教えてくれた。
今回は伝令として爺さんから仕事を依頼されたらしい。この前来た使いの人はまだヴルツェルに着いてないだろうからね。1日で往復出来る人に頼みたくなるのはわかるけど、まだ子供だよ?
毎日飛んで大丈夫なの?
姉さんは笑っているけど、アンナさんはちょっと疲れてるように見える。
「氷結魔法を使える人材は毎日増えている。しかしそれに伴って氷結魔導師が職を失ってしまう。彼らにプリンを売る店をやらせようかと思ったが、料理素人にはちょっと難しそうだ。他に何かいい案はないか」
爺さんからの伝令はこうだ。俺3歳なんだけどそれをわかって聞いてるのかな。
姉さんは、新しいおやつ食べたい、と騒いでいる。
前世で妹のために色々作ってたから、まだあるにはあるけどさ。将来の自分のために、って感じじゃなくなって来ちゃったな。
氷結魔法を使って簡単に出来るとなると、かき氷?
牛乳と砂糖を使って練乳を作るとそれっぽくなる。果物のジャムをシロップ代わりに添えてもいいな。
あとはアイスクリームとかソフトクリームとか?
寒い地域のヴルツェルにならアイスクリームやかき氷はありそうだけど。
「冷たいおやつは果物を凍らせた物とかゼリーにした物があった。ゼリーって知ってる?ぶよぶよしてるんだよ」
ゼリーあるのか。まあ畜産家だからゼラチンは作れるよね。これでソフトクリームは出来るかも。ソフトクリームのツンとした形を維持するためにはゼラチンが必要だからね。
「寒いところだから普段のおやつは暖かい物が出てくるよ。お婆様が焼いたクッキーが美味しかった」
クッキーを作るならバターが必要だと思うんだけど、爺さんのところで作ってる?
「はい、お城にも出荷しているらしいですよ」
姉さんの代わりにアンナさんが教えてくれた。バターがあるなら生クリームもあるはずだ。
生クリームが無くてもアイスは作れるけど、あった方が俺は好きかな。
今からすぐ作れるのはかき氷と練乳かな。じゃあアンナさん、練乳作るから手伝って。
牛乳と砂糖を混ぜてゆっくり加熱するだけだけどね。
牛乳を温めている間に姉さんは氷を削る練習をしようか。まずは氷を作って。
「色は黒、水から変われ、氷結よ。熱を奪えや、礫集まれ」
ゆっくりと、一言一言丁寧に喋る。俺が短歌を歌った時を真似しているのか、ゆっくりだが気持ちよく流れていく。
姉さんは右手の平を斜め前方に向け、最後に一言、大きく発声する。
「氷塊」
姉さんが手を向けた床に小さな氷の粒が出現。そのまま音も無く急速に膨れ上がり、姉さんの膝下くらいまで達する大きさの、氷の塊が出来上がった。
これが姉さんが考えた言霊。簡単な言葉を並べただけだけど、これを一晩で考えたなんて凄い。
そんなに大きな氷は要らなかったけど、そこは黙っておこう。
出来た氷はしばらく常温で置いといてね。表面が少し溶けた方が美味しくなるらしいよ。
そのあと氷を細かく削るんだけど、風魔法で削れたりしない?
そう、砕くんじゃなくて、削るの。
いい感じだね。出来るだけ細かく削れるとふわふわな食感になるからね。
練乳がまだだから削るのはこの辺で。うん、練乳が冷えるの待ちね。
え、もったいないから食べる?
それならジャムをちょっとかけたらおいしいと思うよ。ジャムに水を加えてさらさらの液体状にしてもいいけど、すぐ食べるならジャムのままでも。
「ふっわふわだ」
姉さんが文字通り飛び上がって美味しさを表現している。
俺も一口。うん、美味しい。姉さんの削り方が良かったんだな。
出来た練乳をかき氷にかける。やっぱり俺はかき氷の中で練乳が一番好きだな。
練乳はパンに塗ったり、料理の隠し味にしたり出来るよ。プリンに混ぜてもいいし。
厨房に居なかった人たちにも練乳かき氷を振る舞う。みんな喜んでくれた。そろそろ暑くなる季節、冷たい物が欲しくなるよね。
みんなが食べている間に、俺はアイスクリームとソフトクリームのレシピを書き起こした。その紙をアンナさんに手渡す。美味しく出来たら食べさせてね。
「じゃあそろそろヴルツェルに戻るね」
余った練乳を抱えて直ぐにでも飛び立とうとする姉さん。今日は泊まっていったら?
今日も父さんに会わずに行っちゃったら、そろそろ父さんが発狂しそうなんだけど。
「氷結魔導師達が反乱を起こす前に、早く戻らないと」
そうか、それなら仕方ないね。父さんには子離れして親孝行しろって言っとくよ。
数日後に帰ってきた姉さんは、アイスクリームが詰まった箱を持っていた。
俺のレシピを参考に氷結魔導師が作った物だそうだ。
何も入ってないノーマルな物と、刻んだ果物が入った物があるね。どちらも美味しそうだ。
姉さんも練乳を気に入ってたのに、かき氷はやめたの?
姉さんみたいに細かく削れる風魔導師が居ない?
そうか、あれは凄い技術だったのか。
うーん、勿体無いな。細かく削れる道具を作れないかな。構造はだいたい分かるから姉さん作れない?
「1個なら作れるけど、いっぱい作るならドワーフの師匠に相談しよう」
作れるんだ。それも凄いことなんだろうな。
マリーがジークさんと通ってる鍛冶屋さんだよね。そういえば俺は行ったことなかった。ぜひ連れて行ってもらおう。
「じゃあさっそく、いくぞー」
姉さんが俺の手を掴んで飛び始める。
ちょっと待って、行く前にアイス食べたいんだけど。
ダメなのね、わかった。俺の分を残しといてよ。
あ、アンナさん、牛乳と砂糖を持ってきてください。あとジャムも。




