第56話 俺は姉さんの演目に注目する
全ての準決勝が終わり、決勝戦へ向けての休憩時間に入る。
飲食物を買いに行く者、我慢していたトイレへ駆け込む者、賭け事をする最後の機会でどうしようかと悩む者。それぞれ好きなように時間を使う。
この時間に姉さんが何かをすると知っている村の子供達の一部に、席を立たずにじっと我慢している子達が居た。トイレに行くくらいの時間は有ると思うが、どうしても見逃したくないらしい。気持ちは解るが目の前でトイレを我慢してモジモジされるととても気になる。俺達は一緒の村で暮らしているんだから見逃してもまた見せてもらえばいいと思うぞ。
固くなに席を立とうとしない子達に呆れていると、実況解説席から声が拡散した。
「皆さん。この休憩時間を利用して、男爵家が用意した演目がこれから始まります。先ずは顔を上に向けて頂き、晴れ渡った大空を御覧ください」
クルトさんの指示に従い、観客達が空を見上げた。客席に戻ろうと通路を歩いていた人達も上を見ながら歩いている。
天井の無い競技場では一部例外が有るが、どこからでも快晴の天を見る事が出来る。一部の例外と言うのは、ロミルダが育てた街路樹の枝が上空まで伸びて来ている個所が有るからだ。日差しを遮ってくれるから良い席なんだけど、今回の演目とはちょっと相性が悪かったかもな。
じっと空を見上げていると、真っ青な視界の端から白い塊が1つ飛び込んで来た。
自然に出来た物とは思えない速度で空を飛びまわるそれは、グルグルと回転したり、ジグザグに動いたりして見上げている人々の視線を誘導する。
ある程度動くとそれはピタッと動きを止めた。これで終わりかと思った瞬間、それは6つの小さな塊に分裂して6方向に飛び散った。
6つに分かれたそれは再び動き始めたが、6つが上手く連動して幾何学模様を描いて行く。万華鏡を見ているかのように、テンポよく形を変えていくその動きにいつしか観客席から拍手や声援が飛び始めた。
随分と上空で動いているように見えるけど、姉さんはどこからあれを操作しているんだろう。
もしかしてあれに乗って操作している訳じゃないよな。
きっとどこか安全な所で操作して、歓声を聞きながらニヤニヤしているに違いない。
ちょっとだけ姉さんを探してみようかと上空から目線を周囲に移すと、隣の座席とその周囲合わせて6席が空席になっていることに気付いた。
「あれ?ロミルダ達はどこへ?」
トイレから帰って来てないのかな?面白い演目なのに勿体無い。
「ゲオルグ様じゃないんだから、変な事に首を突っ込んで捕まったりしないから大丈夫ですよ。それより、雲が一塊になって降りて来ますよ」
反対側の隣座席に座っているマリーがこちらを見ずに答える。
そんないい方しなくてもいいのに。俺にとって不都合な事はさっさと忘れてくれ。
「私の子供にも孫にも語り継ぐ予定なので無理です。降りて来ながらどんどん膨らんでいるみたいですけど、このまま観客席全体を覆うつもりでしょうか」
いわゆる末代までの恥という事か。ちくしょう。
どんどん膨らむ雲はマリーの言うようにはならず、観客席には掛からない程度の大きさでストップし、更に下降も途中で止まった。それでも競技場には随分と接近したんだが。
動きを止めた雲から競技場内に、ぽつぽつと水滴が落ち始める。それは次第に勢力を強め、雨は大粒になり風も吹き始め、台風のような激しい風雨が競技場の狭い範囲で発生した。
観客席には雨粒1つ飛んで来ないこの技術に、どれくらいの人が気付いているだろうか。俺達の下へ届くのは嵐の音と風だけ。
そしてザアザアと降る雨の音は次第に変化し、ゴロゴロと腹の底に響く重低音を奏で始める。
えっ、ここでそれをやるのか?
そう思った瞬間、新たに現れた刺激的な閃光が観客席に襲い掛かる。いつの間にか競技場内に6本作られていた避雷針に向けて、何発もの雷が落ちる。
村の子供達は興奮して雷鳴に負けない声を出しているが、余所からは悲鳴も耳に届く。雷を見慣れない人にとっては恐怖の塊だろうな。避雷針のお蔭で観客側に落ちる事は無いと思うが、ちょっと不安になる。
何発落ちたか数えるのも忘れてしまった頃、ずどんと一際大きな雷が落ちて、音と光がぴたりと止んだ。
代わりに風に乗って届いた冷気が肌を刺激する。
気温が下がったことで雨がゆっくりと雪に変わり、しとしとと優しく降り始める。
その雪は競技場内の1カ所、6本の避雷針の中央に集中して降り積り、雪で立体的な何かを作り始める。
筋肉質な胸部、幅の広い肩、頭と変わらない程太い首。頭部が完成する頃には誰なのかは皆が理解した。
ギルドマスターだ。
ギルマスの胸部から上が地面から生えている。周囲の避雷針よりも背が高く巨大な雪像だ。土魔法で地面を回転させてゆっくり動かしながら、全周囲の観客に雪像の顔が見えるように配慮している。
出来上がった雪像に興奮した観客が更なる完成を上げる中、避雷針からバチバチと小さな稲光が迸り始めた。
折角作ったのにまさかそんな終わり方しないよねと思ったが、案の定6本の避雷針に溜め込まれた電撃が雪像に向かって放たれ、雪像は瞬く間に破壊された。
ギルマスの頭部がどさっと地面に落ちた時、今までで一番大きな歓声が沸き起こる。
その声に押されるように、大きな雲は再度6つに分かれて競技場の外へと散って行った。




