第52話 俺は揺れる乗り物に怯える
綿飴を村の皆で食べた日から姉さんは毎日雲を作る練習を続け、10日程経過した現在、両掌の上に乗る程度の大きさだった雲が普段使っているベッド程度の大きさまで形成出来るようになった。
立派に成長した雲を見てなんだかその上に乗れるんじゃないかと思ってしまうのは、俺が日本からの転生者だからだろうか。
「ははは。風魔法を強めたら乗れると思うけど、乗ってみる?
乗れるかも、なんてぼそっと言った独り言を姉さんに聞かれてしまい、面白い考えだねと笑われてしまった。
仕方ないじゃないか。雲は乗れるもんだという刷り込みが有ったんだから。
「多分風で雲の冷気を抑えられるはずだから、乗っても寒さは感じないと思う。私が乗ると自分の飛行魔法で落ちないようにしちゃうから、ゲオルグ乗ってみてよ。絶対に落とさないからさ」
姉さんを信用しない訳じゃないけど、ちょっと怖い。乗るなら雲じゃなくて、絨毯とかの方がいいな。箒に跨るのもちょっと怖い。
落ちそうにならないよう自分でコントロール出来ないからな。別に高所恐怖症とかいう訳じゃないと思うが。
「だいじょうぶだいじょうぶ。さっ、乗った乗った」
足を掛けられる程の低空に雲を移動させ、どうぞどうぞと勧めてくる。これは乗らないと終わらない奴だ。口が滑るとはまさにこの事だな。
俺は先ずは両手を雲について乗っても大丈夫かと確認する。何か見えない壁に手を押し込んでいるような感覚。意外としっかりとした感触に驚く。こちらに反発するように吹かせた風で作った壁って感じなのかな。
少し安心したが、完全に平らだとちょっと不安。中央部分を少し凹ませてと姉さんにお願いする。
「はい、出来たよ。平皿見たいな感じになってると思う」
ありがとう。よし、行くぞ。
俺は両手と共に右足を乗せ、ゆっくりと体を雲の上に運ぶ。雲の上に乗ったらとりあえず伏せて揺れる雲が安定するのを待つ。
揺れが収まったら、雲の上に胡坐をかくように身体を起こす。
流石に立ち上がるまでは出来ない。体を動かすとちょっと傾くんだ。重心を低くしておかないと、くるっと回転してしまいそうで怖い。
「乗れたね。じゃあちょっと雲を動かすよ」
えっ、マジで。
ちょっとまって。動かすのは心の準備が。
ゆっくりと上昇を始めた雲が、俺の言葉を受けて地表から2メートルくらいの高さでストップする。
ふう、これくらいの高さなら落ちても即死しないだろう。即死しなければ自動治癒ですぐ治るからな。
「これ以上上には行かないから大丈夫だよ。歩く程度の速さで動かすから、このままちょっと村の中を移動してみよう」
それはそれで人目が怖い。見世物みたいで恥ずかしいじゃないか。
今度は俺の言葉は伝わらず、雲はゆっくりと動き出した。俺の後ろから姉さんが歩いてついて来る。本気でこれに乗って村を巡らなきゃいけないのか。
案の定もの凄く目立ってしまった。
でも目立ったお蔭で子供達が自分達も乗りたいと主張してくれて、俺は簡単に雲から降りる事が出来た。
今は一種のアトラクションの様に、雲に乗る為の順番待ちの列が出来ている。
風魔法がまだ使えない小さな子供達だけじゃなく、普段は風魔法で空を飛びまわっている年長者の子供達も雲に乗っている。風魔法が使える子は自分で雲を操作するのが楽しいようだ。
「ゲオルグもあれくらい楽しめばいいのに」
雲に乗って空を飛びまわっているロジーちゃんと、心配してすぐ後ろを飛んでいるローゼさんを見上げながら、姉さんがそう口にする。雲がかなり離れてしまっているが、距離をとっても姉さんの風魔法と氷結魔法は効果を発揮しているらしい。流石姉さん。
でもあれほどの速度で飛ぶのは俺には無理だ。ロジーちゃんは意外と度胸ある。付いていくローゼさんも大変だ。
「あれくらいの度胸が無いとアミーラを手懐けられないのかもね」
肉の焼き方には苦言を呈していたけど、なんだかんだ言ってアミーラはロジーちゃんを大切にしているからな。どうしてそこまで心を開いているのか知らないけど、ロジーちゃんの人柄なのかな。
「ところで、もうすぐ武闘大会が有るけど。ゲオルグは父様から何か聞いてる?」
ああ、武闘大会ね。
この間の綿飴を作る魔導具が1台完成したから父さんに見せたら、武闘大会の時に出す屋台で使いたいから後3台作ってくれって言われたよ。言われた日には間に合うけど、父さんも強引だよね。
あとは、剣士の部で連覇しているジークさんがアプリちゃんを護衛する為に今年は出場しないって言ってたかな。
姉さんは今年も何かするの?
「うん、今閃いた。もし観戦に来るのならお楽しみに」
相変わらずの秘密主義者だ。
でも今回は何となく解るかな。きっとあの雲を使って何かをやろうとしているんだろうな。
武闘大会までまだ日数はある。この間に姉さんの技術がどれほど成長するか、楽しみにしていよう。




