第47話 俺は久しぶりに高笑いを聞く
ざあざあと雨が地面を濡らす中、姉さんの言霊によって導かれた雷が、裏庭に作られた構造物に直撃した。
暴力的な音量が耳を、刺激的な光量が目を攻撃し、屋敷全体を揺さぶる振動に立っていられなくなる。
数秒か、1分か、10分か。
どれくらい床に手を付いてじっとして居たのか解らない。視覚と聴覚を奪われ、時間の間隔を失っていた。
「みんな、ちゃんと見てた?雷撃魔法を使ったんだよ?」
姉さんの少し不満げな声が鼓膜を震わせたことで、漸く聴覚が回復していたことに気付く。
ゆっくりと瞼を開き、視覚の方も正常に戻った事を確認する。
俯いたままの顔を上げると、俺と同じように、姉さんの行動を見守っていた皆もゆっくりと動き出していた。
その中に父さんの姿を見つけた。父さんは周りに居る家人達に仕事に戻るよう指示した後、姉さんに引き攣った笑顔を向けて優しく声を掛ける。
「アリー、ちょっと来なさい」
まあ、色々と言いたいことが有るんだろう。その気持ちはよく解るよ。
でも流石にずぶ濡れのままは良くない。せめて風呂に入って着替えてからにしてあげて欲しい。
俺の意見に父さんは渋々納得する。なんだかんだ言って、父さんは姉さんに甘いんだ。
「ゲオルグありがとう。庭にあるアレは後で片づけるからそのままにしておいてね」
風呂場の方に走って行く姉さんから目線を外し、庭に聳え立つ構造物を見遣る。
金属製と思われるそれは落雷の力を溜め込んで熱を持ち、降り続ける雨を弾いてジュウジュウと唸り声を上げている。今あれに触ったら一瞬で火傷してしまいそうだ。雨によって冷めるまで放置しておくのが利口なのかもしれないな。
「雨雲を利用して、雷撃魔法を使ったんでしょうか。川に流れる水を使う水魔法や、自生している植物を用いる草木魔法と同じ感覚でしょうか」
でしょうかって俺に聞いてる?
そんな事俺が知るわけないって解ってて言ってるでしょマリー。
「只の独り言ですよ。それよりもゲオルグ様はこんなところで何をしているんですか?アリー様の誘いには乗らないんじゃなかったんですか?」
嫌な言い方をして来るね。会議室から自分の部屋に帰る途中に偶々ここを通り掛かっただけだよ。
「ふ~ん。たまたま、ね」
くっ、ニヤニヤしやがって。嫌な娘だよまったく。
じゃあ俺は部屋に戻るから。部屋で独り、剣を振ってるから。
「はい、朝食の準備が出来たら呼びに行きます。二度寝はしないでくださいね」
足早に去って行く俺に向かって、マリーの言葉が追いかけてくる。剣の稽古をするって言ってるんだから、二度寝なんてするわけないだろ。ていうかかなり朝早く雨音で目覚めたから、既に二度寝してるんだけどな。
自室に戻ると、何となく剣を振る気は失せてしまっていた。
マラソンと剣の稽古を交互にやる日課を止めるのは嫌なんだけど、姉さんに振り回され、マリーには嫌味を言われ、ちょっと疲れてしまった。
三度寝しちゃおうかな。でも日課が。偶にはさぼるのも良いかな。でも。いや朝食後にやれば問題無いかな。
『さっきから何をうろうろしているんだ。気が散って眠れないから出て行くかじっとして居るかにして欲しいぞ』
ベッドに潜り込むかどうか葛藤している俺をあざ笑うかのように、布団からアミーラが顔を出していた。
お前、シーツと布団カバーを変えたばっかりなんだぞ。
『なるほど。どうりで昨日より寝心地が良いわけだ。感謝するぞ』
すっかり俺のベッドが気に入ったようだけど、アミーラの為に交換した訳じゃないから。
それに昨日は派手な魔法を使ってくれたからベッドで休むことを許したけど、今日はまだ何もやってないんだから早くベッドから出なさいよ。
それから、今日は肉は無しだぞ。
『むっ。約束と違うぞ』
残念ながらアミーラがここで惰眠を貪っている間に、姉さんは雷撃魔法を使って見せたよ。元気も取り戻したようだし、もうアミーラの魔法を姉さんに披露してもらう必要も無くなったんだからな。
『なんだ、何も聞いてないのか。誰があの雨雲を作ったと思っている』
は?
アミーラが作ったって言うのか?
俺は窓の外に目を向ける。雨脚は少し弱まって来たが、空にはまだどんよりとした雲が居座っている。
あれは、自然発生の雲だろ?
『昨日周囲の雲を集めてあんなに大きな雷雲を作ったのに、そのすぐ翌日に大雨を降らす雲が自然に出来るわけないだろ。少し考えれば解る事だぞ』
昨日の雷雲の作り方も知らないのに、解るわけないだろ。
ていうか、昨日の魔法は使わないって約束だっただろ。
『昨日の魔法は強力な雷雲を作り上げて雷を複数落とす魔法。今日の魔法は小さな雷を発生させる程度の雲を作る魔法。全く違うぞ』
かみなり雲を作ると言う点は同じだと思うが、その2つが違うと言いたいのは解った。
でも昨日話をした時は、今日はアミーラの尻尾から小さな電撃を発生させる魔法を見せるって約束したよな。
昨日の約束と全然違うのはどうしてだ?
「それは私が説明しよう」
俺とアミーラの会話に割り込んで来た声の方を振り向くと、風呂に入ってスッキリした姉さんが部屋の扉の前で仁王立ちしていた。
俺と視線が合った姉さんはこれ以上無い程の笑顔を見せ、全ての黒幕は私だったのだよ、と宣言して高笑いを始めるのだった。




