第6話 俺は言霊を推奨する
「コトダマって何?」
まあ分からないよね。俺の説明で理解してくれるといいけど。
「人が発した言葉には魂が宿る、っていう考え方があってね。それを短く言って言霊。魂で分かりづらかったら、言葉には力があると言い換えてもいいよ」
「力。よくわからないよ」
「例えば、人を褒める言葉を使うと、聞いた人を元気にすると思うんだ。逆に貶したり腐すような言葉を発すれば、それは他人を攻撃する武器になる」
「それが、言葉が持つ力」
「その言葉に魔力も付与できるんじゃないかと思って。魔法を使う時に、その魔法に関わる言葉を放つ。そうしたら魔法をより鮮明に想像出来るんじゃないかな」
「魔法と言霊かぁ」
姉さんが思考を深めている。整理出来ずに話し出したけど、理解してくれただろうか。
邪魔しないようにアンナさんに本を渡しておこう。
「これ図書館で借りた本なんですけど、水が氷になる仕組みが分かりやすく書かれているので、後で姉さんに見せてください。栞を挟んでいるところです」
「ありがとうございます。言霊、なかなか興味深い話でした。お昼の準備が出来るまではこのままにしておきますので、昼食後にまた相談に乗ってあげてください」
そうだね、しばらくはそっとしておこう。
姉さんの部屋を出て自室に帰る。他に何か出来ることはないか、もう一度考えてみよう。
「バターも美味しいね」
軽く炙ったパンにバターをたっぷりと塗って食べる。うん、美味い。姉さんも太鼓判を押す旨さだ。
急遽帰って来た姉さんのためにコックが魚を仕入れて来てくれた。白身魚のバターソテーもいい塩梅だ。
「ヴルツェルで川の魚も食べたんだよ。海も川も美味しいね」
へえ、土地が違うと食材も味付けも異なるだろうね。俺もいつか食べに行きたいよ。
「うん、満足した。次回帰って来るときはアンナにも牛乳を持たそう」
「私はアリー様みたいに激しく飛ばないので、バターは出来ないかもしれませんよ」
「牛乳も美味しいから、それでもいいじゃない」
バターを気に入ったようで何より。姉さんが少し元気になったようで嬉しいよ。
「それで、言霊の事なんだけど。どういう言葉がいいのかよくわからないんだ。もし出来るなら見本を見せてくれない?」
なるほど。姉さんがイメージしやすい言葉なら何でもいいと思うんだけどな。
久しぶりに思い出したあれを言ってみようか。
「等しく滅びを与えんことを」
最後に呪文名を全力で叫ぶ。いやぁ、本気でやると楽しいね。
「カッコいいけど、ちょっと長くない?」
えええ、まさか否定されるとは。
長いか。じゃあちょっと短くして、俺が好きなやつを。
「吹くからに、秋の草木を、しをるれば、むべ山風を、あらしといふらむ」
俺が好きな百人一首の歌。抑揚をつけて歌い上げた。
「ほええ、綺麗だね。それは歌なの?」
「そうだね。文字制限がある歌で、短歌って言う形式なんだけど」
姉さんに短歌について説明する。
小学生の頃、剣道以外で何かやっていたかと聞かれたら百人一首と答える。親の影響だから剣道ほど熱意があったわけじゃないけど。今でも何首か覚えてる程度には、頑張った時期があった。
「なるほど、少ない文字数で色々工夫するのが面白そうだね」
「俺が文章を考えるより、魔法を使う姉さんが作った方がより力を込められると思うから頑張って。氷の色はわからないけど、水の黒を流用してもいいんじゃないかな」
「うん、頑張る。あ、借りて来てくれた本なんだけど、ヴルツェルに持って行っていいかな。ゆっくり読みたいんだけど」
「無くしたり破損したりしなければいいんじゃないかな。返却日は6日後だけど」
「わかった、大事にするよ」
うんうん。これでなんとかなるかな?
すぐには完成しないと思うけど色々考えてみてね。
姉さん達は昼食後小一時間休憩し、飛んで行った。夕飯までにはヴルツェルに戻るって言ってたけど、飛行速度はどうなってんだ。もう俺には想像も出来ないよ。
父さんに怒られた。
姉さんが帰って来たのなら、なんで呼びに来ないんだって。
いや仕事中でしょ。また朝まで働かされるよ?
姉さんが持ってきたお土産のバターがまだあるから、それで勘弁してよ。
え、母さんが全部食べちゃったの?あらら。
そんなに肩を落とさなくても。またすぐ帰って来るよ。次は連絡するからさ。
翌日の午後、冒険者ギルドから使いが来た。
ヴルツェルから通信が来たと。
いつもの父さんへの返信でしょ、と思ったら違うらしい。
姉さんから俺宛?なんだろう。
「言霊を使って氷結魔法が完成した。お爺様の従業員に氷結魔法を教える約束をしてるから、しばらく帰らないよ」
くっそ、また父さんに怒られるよ。




