第35話 俺はアンナさんの説明を受ける
急に倒れた姉さんをベッドまで運んで行ったアンナさんが、皆の前に戻って来た。エステルさんは寝込んでいる姉さんの傍に控えているようだ。
アンナさんは皆に左手の親指を見せ、先程自分で付けた切り傷が跡形も無く完治しているのを確認させた後、姉さんが倒れた原因を話し始めた。
「アリー様は今朝ゲオルグ様から聞いた話をきっかけに、回復魔法の言霊を完成させました。ただしその言霊は術者の魔力を大量に奪います。日中に言霊を完成させたアリー様は、学校内で一度それを使用して調子を悪くしたんだとエステルさんが仰ってました。そして完全に調子を取り戻す前にもう一度言霊を使い、アリー様は力尽きてしまったんです」
つまり姉さんは内包する魔力が枯渇して倒れたと。
あの姉さんが倒れる程に魔力を消費するなんて初めて見た。幼い子供が魔法を覚えたての頃に良く魔力を枯渇させて体調を悪くするらしいが、俺の周りでは倒れる状態にまでなった人はいなかった。
あ、クロエさんが金属魔法を覚えた時、嬉しさのあまりに魔法を使い過ぎて倒れていたな。
「その言霊は不完全な物なのかしら?使用禁止にした方が良い?」
姉さんが倒れた経緯を聞いた母さんが疑問を口にする。
超高速で何時間も飛び続けられる姉さんが倒れたんだ。母親としては心配になるだろう。
「あの言霊はあれで完成なんです。言霊の設定を間違えて必要以上に魔力が流れるようになったのではなく、多くの魔力を注ぎ込まなければ完成しなかった言霊なんです。アリー様だからこそ短時間で2回も使用出来たと言えます。常人なら一度使っただけでその日は眩暈に侵されるでしょう。どうしてアリー様がこの言霊に拘っていたのかは聞いていませんが、長い間考えて完成させた言霊です。母親として心配されるのは解りますが、一度アリー様の考えを聞いてから判断してください」
「そうね。言霊の性能はどうであれ折角頑張って作ったんだもの。まずは褒めてあげないとね」
アンナさんの言葉に賛同した母さんは、カエデ達をメイドに預けて姉さんの部屋へと向かっていった。
アンナさんはあれで完成だと言うが、本当にそうなのか?
一度見聞きしただけでも分かる。あれはかなり強引に作った言霊だ。
半ば強引に対象者へ魔力を送り込んで無理矢理傷を再生させる言霊。
猪突猛進な姉さんの性格とは相性が良さそうな言霊だが、姉さんならもっと上手な言霊を作り上げる事が出来たと思う。
いつも一緒に居るエステルさんから助言を貰う事だって出来たはずだ。
アンナさんは姉さんがこの言霊に拘っていたと言うが、その理由はなんだろう。
なるべく早く言霊を完成させたかったから無茶をした?
大量の魔力を保有する姉さん以外には使えないようにしたかった?
人体構造や薬の知識を学ぶのが面倒だったから?
最後の答えが一番有りそうだな。姉さんは体を動かすことは大好きだけど、座学は苦手だから。
おっといけない。母さんが居なくなったことでカエデが不安そうな顔をしている。
大丈夫大丈夫。お兄ちゃんがいるからね。また一緒に遊ぼうね。
カエデは寂しがり屋だ。放っておくとすぐに泣き出して人を呼ぶ。隣にサクラが居ても、サクラではダメらしい。カエデが一番傍に居て欲しいと思っているのは母さんだ。最近よく遊ぶようになった俺もカエデの評価は上がっている、と思う。
サクラは逆に必要以上に構われる事を嫌う。自分が構って欲しい時以外は独りを好む。もしくは眠っている。
動物に例えるならカエデは犬で、サクラは猫だな。構って構ってとすり寄って来る犬と、触ろうとすると威嚇して来る猫だ。
はいはい、別の事を考えていてごめんね。今はカエデと遊ぶ時間だもんね。何をして遊ぼうか。
俺は母さんが戻って来るまで暫くカエデと積み木で遊んでいた。
遊び疲れたカエデが漸く眠りに落ち、交代するように目覚めたサクラにせがまれて絵本を読み聞かせていると、母さんが戻って来た。
目覚めた姉さんと少し話をして来たらしい。
「あの言霊の使用は1日1回に限定することにしたわ。ゲオルグとも話をしたいって言ってたから行ってあげて」
回数制限は妥当な判断だね。制限を掛けなくても、姉さんも多少は自重するだろうが、母さんと約束をしたって言うのが大事なんだ。妹達と同様に、姉さんも母さんの事が大好きだから約束を破ったりはしないだろう。
じゃあ、呼んでいるみたいだから俺も行って来ますか。
読み聞かせを中断して立ち去ろうとした俺を、泣き声を上げることでサクラが制止する。
もう何度も何度も呼んでいる絵本なのに、中断するのはダメらしい。
えっ、もう一度最初から読むの?
こうなってしまっては俺に拒否権は無い。
俺は一度でサクラが満足してくれるように、山へ芝刈りに行くお爺さんを気合を込めて演じるのだった。




