第34話 俺は姉さんの内緒話が気になる
俺とエステルさんの会話を横で聞いていた姉さんは、何かを掴んだらしい。
その何かは教えてもらえなかった。悪巧みじゃなきゃいいけど。
夕方になったら教えられるかもと言い残し、姉さんはウキウキしながら学校へ向かって出発した。
秘密主義で驚かすことが大好きな姉さんらしいが、内緒にされる方はもやもやして何も手に付かなくなるんだ。
あ~、何も手に付かないな。内緒話が気になって手紙の返信なんて出来ないぞ。よし、暫くカエデ達と遊ぶことにしよう。
布を丸めて作ったボールでカエデとキャッチボールをしていると、マリーが大きな荷物を抱えてやって来た。
昨日お兄さんと話をすると言って別れて以来帰って来なかったけど、お兄さんと何か有った?
「家に帰ると私の部屋に知らない女性が棲みついていました。兄の彼女でした。まだ正式には籍を入れていないけど同棲しているそうです。2人に両親の言葉を伝え、これ以上は自分達で話を進めて欲しいと言いました。私は夜遅くまで私物を整理して、埃の積もった両親の部屋で眠りました。部屋が広くなったと女性は喜んでいましたよ」
真顔で淡々と起きた出来事を口にするマリーは、昨日感情的になって家族に怒りをぶつけていた時よりも恐ろしい。
腹が立つのは解るがカエデが怯えてるからちょっと自重して。サクラは相変わらず眠ってるけど。
「すみません、暫くは怒りを抑えられません。私が大切にしていた髪飾りを勝手に使ったあの女性を私は絶対に赦せないんです。兄も私があれを大事にしていたのを知っているはずなのに。今日明日にでも引っ越し先を見つけますので暫くはゲオルグ様の部屋に荷物を置かせてください。私はもう1往復して私物を全て引き上げて来ます。その後は村に行って両親に報告して来ますから今日はゲオルグ様の御伴は出来ません。すみません」
今日は特に出歩く予定は無いからそれは良いんだけど。
マリーのお兄さんって2人居たよね。もう1人のお兄さんはどうしているの?
「結婚しようとしているのは長兄で、次兄はまだ家に居ます。長兄の結婚が正式に決まったら家を出るそうですが。長兄も彼女と同棲したいのならそっちが家を出たら良かったんですよ」
ああ、そうだね。俺も上のお兄さんが良くないと思うよ。
何度か会ったことが有るお兄さんは、人が良さそうな雰囲気でマリーの事も大切に扱っている印象だった。結婚したい相手が出来て、護る対象が妹から彼女に代わったんだろうな。
もう少し話を聞きたい気もするが、これ以上はカエデが泣き出しそうだから、マリーを引き留めるのは止めよう。
気を付けて、行ってらっしゃい。
もう一度大量の荷物を持って帰って来たマリーは休憩もせずに村へ出発した。
浮遊魔法で簡単に運べているんだろうが、俺の部屋はマリーの荷物がどんと占拠している。
マリーは引っ越し先を見つけると言っていたけど、倉庫と化している空き部屋が有るからそこを使っても良いと母さんが言ってくれた。
マリーにはまだ伝えてないけど、その提案を断ることは無いだろう。今更遠慮するような仲じゃないしね。
俺は姉さんが学校から帰って来るまで、ルトガーさん達と空き部屋の掃除をして過ごすことにした。
「ただいま。あ~、お腹空いた」
学校から帰って来た姉さんはすぐさま食堂に向かい、料理長におやつを催促する。
いつもは学校から直で村へ行くことが多いが、今日は確実に男爵邸に戻って来ると料理長に伝えておいたからおやつの準備は万端だ。
ヴルツェル産の卵と牛乳で作ったプリンは料理長が良く作る定番のおやつだ。姉さんだけでなく、カエデとサクラも喜んで口に運んでいる。もちろん、俺もエステルさんも。
おやつを食べ終わると、約束通り姉さんが思いついた内容を教えてもらう事になっている。
俺はすぐにそれを聞きたくてうずうずしているのに、姉さんは3つ目のお代わりを料理長に強請っている。沢山用意したからいっぱい食べて下さいと、料理長も満足げだ。
こうなってしまったら急かしたって意味が無いから、俺ももう1つ頂こう。
「よし、やるよ。一瞬の出来事だから、ゲオルグも良く見ててね」
俺だけじゃなく家族皆を集めた姉さんが、リュックサックから尖ったナイフを1つ取り出してこれから何かを始めると宣言する。
皆黙ってそのナイフの行き先を注視する。姉さんはそのナイフをアンナさんに手渡した。
アンナさんは右手でナイフを持って左手の親指に刃を当て、ゆっくりとナイフを滑らせる。
親指の皮一枚が切断されてジワリと滲みだす真っ赤な血。
それを見て慌てて血を止めようと動くメイドをエステルさんが大丈夫だと制止する。
「血と滋養、傷の治療に、足りぬ物。我が魔力吸い、その糧となせ」
姉さんはアンナさんの左親指を両手で包み込んで、言霊を詠い上げる。
「手当」
うぐっという小さなうめき声が聞こえたかと思うと、アンナさんの親指を包み込んでいる姉さんの手が淡く数秒間発光した。
発光が終わると姉さんは手を離し、どしっと床に膝を付いたかと思うとそのままバタンと倒れてしまった。
急激な姉さんの様子の変化に皆が驚いていたが、エステルさんとアンナさんだけは冷静に対応し、姉さんをベッドで寝かせる為に運んで行ってしまった。
その時にちらっと見えたが、アンナさんの親指からはもう真っ赤な血が滲んではいなかった。




