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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第6章
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第33話 俺はエステルさんの考えを聞く

 モーリスさんから2通目の手紙が来た翌朝、学校への通学途中に姉さんとエステルさんが男爵邸にやって来た。

 エステルさんに聞きたいことが有るから時間を作って欲しいとアンナさん経由で連絡してもらったからなんだけど、エステルさんは肩で息をしていてもの凄く疲れている様子だ。

 学校帰りで良かったんだけど、もしかして無理して飛んで来たのかな?


「ゲオルグから話があるなんて珍しいから超高速で飛んで来たんだよ」


 俺が戸惑っている様子を見て、姉さんが自慢げに胸を張る。

 どうやら姉さんの最高速に、エステルさんは必死について来てくれたらしい。

 時間を作ってくれたのは有り難いんだけど、無茶はして欲しくなかったな。


 アンナさんは息を切らさずにいて流石だと思うが、偶には姉さんを止める役を全うしてほしい。


「何を言ってるんですか。私達はエステルさんの最高速に合わせて飛んで来たんですよ。アリー様の最高速に私達はついて行けませんからね。私とアリー様を非難する前に、頑張ってくれたエステルさんに御礼を言ってください」


 それは、知らなかったとはいえ失礼しました。エステルさんも、ありがとうございました。


 ゆっくりと深呼吸をして息を整えたエステルさんが返事をする。


「いえいえ、もうちょっと速く長く飛べるかと思っていましたが、まだまだですね。自分の限界が知れてよかったです」


 前向きな意見に驚かされる。姉さんの傍にいると考え方まで影響を受けるんだろうか。


 いや、エステルさんは出会った当初からポジティブシンキングというか、回復魔法が有るからと無茶する人だったな。逆に姉さんの方が影響を受けて、プラス思考の相乗効果が産まれているのもしれない。


『ところで、私に話したい事とは何でしょうか。モーリス先生の事でしたら、昔からああいう人ですから受け入れてもらうしかないと思います」


 確かにモーリスさんには困ってるけど、エステルさんにモーリスさんの文句を言うつもりは無いんだ。アプリちゃんの為に呼んでもらったんだからね。


 これはソゾンさんから聞いた話なんだけどと前置きをして、俺は皆に回復魔法についての考えを聞いてもらった。


 ニコルさんの名前は勿論出していない。


「なるほど、回復魔法は他人に魔力を与える魔法、ですか。そういう風に考えているエルフ族には会ったことが有りませんね。まあ回復魔法を使えるエルフ族に出会った人数は多くありませんが。私もそうですがエルフ族の多くは、回復魔法は薬の効果を模倣する魔法だと考えていると思います。そのため回復魔法が使えるエルフも、薬の研究を蔑ろにはしませんし、優秀な調合師に師事したりします。私もシビルが戻って来たら色々質問したいと思ってるんですよ」


 ソゾンさんともニコルさんとも違う考えをエステルさんは教えてくれた。


 回復魔法は薬の効果を模倣する魔法。


 なぜそのように考えられているのか。俺はエステルさんの次の言葉を待った。


「元々回復魔法と言うのは、切り傷などによる皮膚からの出血を止める為の物だったと私は聞いています。そして回復魔法の素養があるエルフが初めて習うのは切り傷を治療する魔法です。魔法が無かった場合、ゲオルグさんは切り傷を負った時にどうやって治療しますか?」


 傷口を洗って、包帯などで圧迫します。化膿止めなどの薬が有れば傷口に塗りたいですが。


「良い答えです。回復魔法が使えないエルフも同じことをするでしょう。でも、私が回復魔法で切り傷の治療をする時も、頭の中で同じ事を行っているんですよ。大事なのは想像する事です。元の皮膚が有って、傷を負って、修復された皮膚が有る。この流れを知らないと治療出来ません。種から芽が出て、茎が伸びて花を咲かせる。植物の成長過程を知らないと草木魔法が上手く行かないのと同じです」


 なるほど。知識が必要と言う辺りは俺も賛同出来る。


「なぜ切り傷を治す魔法が最初だったかと言うと、目に見て分かり、想像しやすいからです。もし腹痛を訴えている人が居ても、どこが痛いのか一目では分かりませんよね。問診や触診が必要になってきます。しかし、それだけではどうやって治せばいいのか解りません。そういう時は先人が薬を使ってどのように治療して来たかを学ぶんです。そして自分でも使ってみる。薬の効果を知り、それを真似る事で回復魔法が上達していくんです」


 だからエステルさんは薬草を育てて薬の調合を毎日行ってるんですね。回復魔法を上達させるために。


「そういうことです。アプリちゃんは例外的に疼痛を抑える魔法を最初に覚えたようですが。アプリちゃんは今モーリス先生から薬の基礎知識を習い、ロミルダや他の子供達と一緒に温室で薬草を育てています。それも回復魔法を上達させる為です。もし他人に魔力を与えるだけで回復魔法が成立するのなら、今エルフ族がやっている事は全て無駄になります。しかし実際は、植物や薬の研究はとても大事な意味が有ります。勉強していない今のアプリちゃんに骨折は治せません。魔力を与えるだけでは無理なんです」


 エステルさんが力強く、ソゾンさんの祖父の意見に反論する。

 魔力を与えるだけの簡単な魔法じゃないんだぞと、珍しく声を荒げて怒っているようにも見える。

 エステルさんのその姿を見るだけで、今までエステルさんが回復魔法を上達させる為に行って来た苦労が解るというものだ。


「なるほど、他人に魔力を渡すのか。今までずっと考えていて何か足りないと思っていたのはそれだったんだね」


 エステルさんの気持ちを逆なでするかのように、空気を読まない姉さんが発言する。

 何をずっと考えていたのかは知らないけど、急に興奮してなんなのさ。


「ふふふ、ないしょ。今日の夕方にでも、教えてあげるからね」


 エステルさんは何の事なのか解っているようで、ニヤニヤして楽しそうにする姉さんに、おめでとうと賛辞を送っていた。

 アンナさんも何も教えてくれない。

 どうやら俺は夕方までずっと、悶々として過ごさなきゃいけないようだ。

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