第33話 俺は手紙を読んで疲労を感じる
「ゲオルグ君が手紙に記してくれた提案を受けて、早速回復魔法の魔導具を使わせてもらった。
綺麗な青い宝石が組み込まれていたが、あれは何の石なんだろうか。少し興味を持ったので教えて欲しい。その石を選んだ意味も教えてもらえると助かる。
おっとすまない、話がそれてしまったようだ。宝石の話はまた後日に。
山仕事で手に傷を負ったという男性を捕まえて、魔導具を使用してもらった。
傷はすぐに癒え、痕も残らなかった。
使用済みの魔導具はアプリに魔法を込め直してもらおうと思ったが、やり方が分からなかった。エステルが学校から帰って来たら方法を教えてもらおうと思っている。
幾つか問題点はあるが便利な魔導具だ。遠出する狩人や旅人なら緊急時用に1つは持っておきたいと思う一品だろう。本音を言うと私も1つ持っておきたい。
しかし、魔法を込められる回復魔導師が増えなければ、この魔導具を世に広めるのは難しい。
1人の回復魔導師が毎日2個3個の魔導具に魔法を込めるのなら問題無いだろうが、百個や千個になったら魔導師の魔力が尽きてしまう。
この魔導具が世に広まれば広まるほど回復魔導師の負担が増加する。面白い魔導具だとは思うが、エステルの手が足りる程度に魔導具の数は抑えた方が良いだろう。
余談だが、魔導具を使って男性を治療した事に対して、男爵から苦言を言われた。
村の経済を回す為、医者や看護師の経験を積ませる為に、即座に命に係わるような重症で無ければ診療所を使うようにして欲しいと。
新しい技術が広まるとそれによって生活が変わる人達が出てくる。
回復魔導師の数が増えると、医薬の必要性が薄れてくる。
医者や看護師を増やそうとしたり、薬の材料になる薬草を生産している男爵にとっては回復魔導師が増えない方が良いだろう。
それもまた難しい問題だ。
魔法の方が治癒率は高い。薬では治せなくても回復魔法なら簡単に治せる疾患は沢山ある。
即座に治るから入院患者を看る看護師も要らないし、動けなくなった体を補助する介護士も要らない。
回復魔法によって職を失う人々が増える。
私は回復魔導師が増えればエルフ族だけでなく人類全ての利になると考えていたが、医療従事者にとっては頭の痛い問題だった。
君はこの問題にどう対処する?
失職する医療従事者に新しい仕事を斡旋する?
医療従事者全てに回復魔法を覚えさせる?
それとも回復魔法を広めるのを諦め、現在の体制を維持するか?
男爵の答えは、軽症者と重症者で対応を変えるという物だった。
軽症者には医薬を、重症者には魔法を。
その差を区別するのは難しいし、それでも看護師や介護士の必要数は減少するだろうが、折衷案としては悪くない。
男爵曰く、学者が発見した新しい研究内容を古くからある市民の生活と上手く融合させる事が為政者の役割だ、と少し言い辛そうに話していた。
言葉を濁したのはこの言葉が嫌いな人間の受け売りらしく、それに影響を受けていることをその人に知られたくないかららしい。ゲオルグ君もこの話は他言無用で頼む。
この村に来て初めて、男爵への見る目が変わった。
息子の君にこんなことを言うのもなんだが、普段の男爵はへらへらして曖昧な返事しかしない頼りない男だった。
隣国との戦争で活躍した為男爵位に陞爵したと聞いていたが、この男がどうやって戦争で活躍したのかと不思議に思っていた。
もちろん隠している武力や魔法が有るんだろう。しかしそれ以上に、例え嫌いな人間でも、良いと思った他人の考えは即座に吸収して利用出来る事が男爵の武器なんだろう。
エルフ族も人族も問わず、自分の意見をなかなか変えない頑固者は多くいる。かく言う私も若い頃はそうだった。他人の研究はなかなか認められなかったものだ。
まだ私が成人する以前、同世代に特に話の合わないエルフが居た。
当時の私は薬の研究に没頭していたが、彼は薬の調合には無頓着だった。彼は薬草に限らず野に咲く野草まで多様な植物の生態を研究する事を主としていて、いずれこの世界全ての植物を記した図鑑を作りたいのだと絵の練習も行っていた。
そんな趣味のような研究をするより、エルフ族の役に立つような薬の研究をしろと、私はいつも彼に怒っていた。何故なら、彼が本気で調合をすると私なんかより凄い薬が出来たからだ。
彼は期待されて産まれた子供だった。だが、回復魔法を使う才能が無いと、ある程度成長した段階で発覚した。周囲の期待と言う重い重圧から解放された彼は、自分の好きに生き、好きな事を研究し、周囲の草花を調べ終えた彼はどこかへ旅立って行った。
おっといけない。そろそろアンナさんが手紙の回収に来る時間だ。
まだまだ書き足りない事は山ほどあるが、君の返信を待って続きを描く事にしよう。よろしく頼む。
モーリス」
今回も長い手紙だった。お喋りも長いが文章も長い。
最初は魔導具の話だったが父さんの話になって、最後に関係ない男性の話で終わった。話の内容がコロコロ変わる。だいたい、余談の方が長いってどうなんだよ。
手紙を読むだけでぐったりと疲れてしまった俺は、すぐさま返信に取り掛かる事は諦めて、手紙をそっと机の引き出しに仕舞った。




