第5話 俺は次の手を考える
姉さんがヴルツェルに旅立って5日。
初日、2日目と父さんは我慢していた。
でも寂しさに耐えられなくなったんだろうね、3日目から毎日冒険者ギルドに通っている。
金を出してくれないなら今すぐヴルツェルに飛んで行くぞ、と母さんを脅している場面に遭遇した時は耳を疑った。そんな反乱はすぐに制圧されるぞ。
なんとか通信費用をもぎ取った父さんは、毎日せっせと連絡している。ただ返事を返してくるのは爺さんらしく、毎日落胆して帰って来る。元気にしているならそれでいいじゃないか。
爺さんは毎日の食事が楽しくなったと言っているらしい。
姉さんがいると賑やかだからね、反対にこっちは静かになった。父さんが寂しがるのは分かる。
姉さんは農業や畜産を手伝ってくれたり、雇っている獣人の女の子と仲良くなったり、日々を楽しく過ごしているそうだ。
魔法の出来については何も聞いてない。遊んでるだけで魔法については何もやってない、なんてことはないと思いたい。
水魔法が使えたら簡単に氷結魔法を覚えられると思っていたけど、甘い考えだったんだろうか。
図書館に行って氷結魔法に関する本を探してこようかな。
6日目のお昼前になって、なんと姉さんとアンナさんが帰って来た。
急に帰って来るからみんな驚いた。まさかホームシック?
「ちょっと氷結魔法で煮詰まった。気晴らしに飛んでたら帰ってきちゃった」
気晴らしに700キロも飛ぶ?
アンナさんが苦笑いをしている。それはどっちの顔だ。
「これお土産の牛乳。今朝絞ったやつを氷で冷やしてから持ってきた。おいしいよ」
姉さんから筒状の水筒を渡された。まだひんやりと冷たい。軽く揺すってみる。ごとごとと物が当たる感覚がある。これ、液体だけじゃないぞ。
容器を持ってきて水筒の中身をそこに流し込む。液体と一緒にボトッと固形の物質が落ちてきた。
「え、牛乳が凍っちゃった」
姉さん違うよ。
「これはバターだね。牛乳を筒に入れてずっと振っていると固まるって聞いたことがある」
飛行中の振動でバターになったんだろうか。
「あんなに急上昇したり降下したりするからですよ」
「まっすぐ飛ぶだけじゃ気分転換にならないよ。あーあ、牛乳、美味しかったのになぁ」
アンナさんの注意に反論する姉さんだが、いまいち元気がない。
そんなに気落ちしなくても大丈夫だよ、バターもおいしいから。
「姉さんも慰労会で食べてたでしょ。このバターもきっとおいしいから、コックに渡してお昼に食べよう」
マルテに厨房へ持って行ってもらう。バターも楽しみだけど魔法のことが気になる。
「氷結魔法の方はどうなの?」
「うーん、あんまり上手くいってない。氷結魔法を見せてもらったりしたけど、まだ駄目だね」
俺の問いに答えた姉さんは俯き気味だ。元気がないのはこっちのせいもあるだろうな。
「手助けしたいけどちょっと思いつかない。いい案がないか考えてみるけど、いつ向こうに戻るの?」
「あちらに何も言わずに出てきてしまいましたから、夕飯までには戻らないと行けません。お昼を食べて小休憩したら出立しないと間に合わないでしょう」
アンナさんが答えてくれた。もうそんなに時間は無いか。
そうはいってもすぐに思いついたら苦労しない。
姉さんに氷に関する知識をもっと教える?
とりあえず図書館で借りた本は見せよう。水が氷になる仕組みを割と分かりやすく説明している本だ。
でも水が氷になって氷が水になる、これ以上の知識が必要だろうか。水が凍る温度は0℃丁度じゃないとか、氷は水に浮くとか、かき氷のシロップは全部同じ味だとか?
ダメだ、テレビで見た無駄知識しか思い出せない。高校や大学に行ってたらもっと深い知識が得られたのかな。
知識以外となると、魔法の色のように魔力を上手く使う技術を考えるべきだろうか。
五行の本には他に無かったよな。そもそも氷は五行じゃないし。
日本のゲームから拝借する?
氷魔法ってだいたいどのゲームにも出てくるよね。火、氷、雷、風が一般的だと思う。
ゲームの、魔法。呪文。詠唱。詠唱?
そういえばこの世界の魔導師って詠唱しないな。呪文名を叫んだりするのも聞いたことがない。
詠唱魔法って無いのかな。もしくは無詠唱が主流になって廃れたとか?
ゲームやアニメではよくあるけどね。黄昏よりも昏きもの、とか、命脈は無常にして、とか。割と覚えてるもんだな。
詠唱を聴くとそれがどういう魔法なのかイメージしやすいと思うんだ。
横で聞いてるだけでイメージ出来るんだから、魔法を使う側も詠唱した方がいいイメージを得られるんじゃないかな。
魔法は想像力。その想像力を補うために言葉にする。
日本には言霊って言葉もある。言葉には力が宿るんだよな。
よし、これを試してみるか。
「姉さん、言霊って知ってる?」
さて、上手くいくといいけど。




