第28話 俺は手紙をもう一度読み直す
鷹揚亭でディルクさん達とお茶をして凄し、夕食時となってエマさん達が忙しくなって来た頃、ルトガーさんが俺を迎えに来た。
ディルクさんの使いの人が鷹揚亭に居る事を連絡してくれていたようだ。
ディルクさんとヴェラさんはまだ暫くここに残ると言うから、先に離席する事を謝罪して席を立つ。
その時に少しだけお金を置いて帰ろうと思ったらヴェラさんから怒られてしまった。
誘ったのは私だから今日は私が持つと。
俺が成長してディルクさんと一緒に酒を飲むようになったら私にも紅茶を奢ってねと。
病気に負けず、それまで元気で過ごしてくださいと返し、俺はヴェラさんともまた会う事を約束を交わして2人と別れた。
厨房で働いているエマさんのお父さんや厨房との間を忙しく行き来するエマさんには声を掛けられる状態じゃなかったのでそのまま入口の方へ向かう。
入口付近で他の客の会計を行っていたエマさんのお母さんに、先に帰りますと伝えて2人の方を振り返る。
俺が座っていた真ん中の席にヴェラさんが移動し、2人は仲良さそうに肩を寄せて会話してた。
鷹揚亭から帰ると姉さん達の下校の送迎を終えたアンナさんが戻って来ていた。
エマさんが家の手伝いをしている時間帯だもの。そりゃアンナさんも帰って来てるわ。
気が進まないが逃げてばかりもいられない。俺は意を決してアンナさんにモーリスさんから何か言われなかったかと聞いてみた。
「返信は無かったかと聞かれましたが、それ以上は何も。多少は反省しているんじゃないですか?」
追加で手紙を預かったとか更に面倒な事になってなくて良かった。
反省しているかどうかは解らないけど、もう少し大人しくしていてほしい。
とはいっても、何時までもとはいかないのは解っている。今晩何かしら考えて返信しないと。
「そんなに難しい顔をして考えなくても、モーリス先生の意見に賛同出来るかどうかを考えて返事を書けばいいんじゃないですか?」
アンナさんの言う通りなんだけど、なぜそれに賛同出来ないかを書き始めると前世の知識を書く必要が出てくる。さすがにこれ以上知識をひけらかすわけには行かない。まあさほど残ってる知識量も多くなんだけど、どうしてそんなことを知っているのかと聞かれたら何も言えないからな。
夕食を食べて風呂に入ってスッキリした頭で、もう一度モーリスさんの手紙と対峙する。
ニコルさんも言っていたように回復魔導師の数を増やすのがモーリスさんの目的だ。
俺もそれは良い事だと思う。
現在の回復魔法はなかなか一般人が恩恵を受けられる者じゃない。
誰にでも分け隔てなく回復魔法を使い続けると流石に目立つ。それを使って悪巧み考える連中の標的になるのはニコルさんの体験談からも分かる話だ。
でもそれが、誰でもある程度の回復魔法が使えるようになったら?
ニコルさんもエステルさんも、もちろんアプリちゃんも、回復魔法を隠して生きて行く必要は無くなるはずだ。
だから、回復魔導師の数は増えて欲しい。エルフ族だけじゃなく、人族や他の種族にも使い手が増えるともっといい。
では、増やすにはどうするか。
それをモーリスさんは必死に考えている。
神によって選ばれるんだと漠然と考え半ば諦めていた事が、遺伝子によって親から子に、子から孫に繋がって行く可能性が示唆され、モーリスさんの探究心に火を付けてしまった。
でも、遺伝子を操作することは出来ない。
ならば、出来る事は何もないのか。
頭を捻って考えて思いついた方法が3つある。
まず1つは、回復魔法を込めた宝石の魔導具を大量に作ってばら撒く事。
既に作ったことが有るし、作るのは簡単だ。だけど、利用可能なサイズの宝石が見つからないと出来ないし、回復魔導師の協力が得られないと量産出来ない。でも簡単に使う事が出来るから、子供でも使える。その反面悪用も簡単に。まあ、1回使ったらもう1度魔法を込めなおさないとダメだけど。
2つ目は言霊を使う方法。
言霊を使って本来回復魔法が使えない魔導師でも無理矢理回復魔法を使用出来るようにする。
問題はこれから言霊を開発する必要がある事と、ある程度草木魔法に習熟している魔導師じゃないと無理かなって事。
昔作った氷結魔法の言霊も水魔法が使えない魔導師には使用出来なかった。氷結魔法は水魔法の上位種だと思ってる。回復魔法も草木魔法の上位だろう。だから多分、回復魔法の言霊でも同じ現象が起こるはずだ。
3つ目は、ドワーフ言語を使った魔石の魔導具を作る事。
回復魔導師の協力を得られずに回復魔法を使う事が出来るが、どんな言語を使ったらいいか全くわからない。言霊を考えるより難しい。ソゾンさんなら何か知ってるかな。明日にでも聞きに行ってみよう。
とりあえず今すぐに出来る事は宝石の魔導具だな。
モーリスさんへの返信には宝石の魔導具の話を書いてみよう。
モーリスさんが期待する遺伝子の話じゃないけどな。そっちの方は、素直に出来ないと謝ろうか。




