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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第6章
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第22話 俺は面倒な老人に掴まる

 エステルさんが呼んだ教師のモーリス先生は、老年を迎えたエルフ族の男性であり、彼自身は回復魔法を使えない。


 エルフ族の中でも回復魔法を使える者は極一部。それを使い熟せない者は薬学、薬草学もしくは植物学者の道を志す事が多いそうだ。


 東方伯の下で働いているマチューさんは所謂植物学者だ。植物を研究し、品種改良を追求していく事が彼の仕事だ。彼のお蔭で東方伯は国内最大規模の農場を運営出来ている。薬学にも詳しいと思うが、マチューさんとその手の話をした記憶は無い。


 シビルさんは“神仙”と呼ばれるほどに、薬学に通じたエルフ。シビルさんの薬で命を助けられた傭兵団の人達は今も彼女を神聖視している。マチューさんとは違う形で植物学にも明るく、魔力を使って植物を変異させ、魔植物を新たに作り出す事が得意だ。


 で、今回村にやって来たモーリス先生も薬学に通じたエルフ。若い頃のシビルさんもこの先生に師事した事があるとか。

 そしてこの先生は、薬の効果を研究する過程で人体解剖を経験している。病死や突然死の原因を追究する、所謂病理解剖が殆どだったと聞いた。しかし、言葉は濁していたが、別の手段で解剖した事も有ったようだ。

 自身の知的好奇心を満たす為に若い頃は無茶したんだと恥ずかしそうに語っていたのが印象的だった。


 勉強の為、将来の為とは言え、俺には出来そうもない。先人が残してくれた知識を学んで、知った気になっているだけだ。




「ゲオルグさんすみません、結局先生の圧力に負けてしまって」


 そしてその知的好奇心は年老いて尚旺盛だ。


 アプリちゃんも頑張ってモーリス先生からの追及を逃れていたが、ついに陥落してしまった。


 ていうか、こんな小さな子に老人がしつこく付きまとう姿は見ていられないから、俺がもういいよと言ったんだけど。


 最近面倒な老人ばかりに出会う。年を取っても元気なのは良い事だと思うが、元気が余って面倒な老人はちょっとなぁ。

 俺もあの年齢になったらあんなふうになっちゃうのかな。特に自動治癒魔法のお蔭で元気が有り余っちゃうからね。子供や孫の世代に迷惑を掛けないよう気を付けないと。


「ゲオルグ君、話を聞いているのか?これからが大事なところなんだから、しっかり聞いてくれ」


 いえ。今ちょっと、自分の未来について考えていて聞いてませんでした。もう一度最初からお願いします。


「まったく、最近の若者は仕方ないな。この本に書かれている遺伝子という物だが、私は神択と呼んでいる。親の因子が子へ引き継がれる時、神の意志によってそれが選択されると言う意味だ。植物の品種改良を行っているとどうしても私の狙った方向に改良出来ない事が続いた時、これに気づいたんだ」


 なんで俺は若者に対する苦言を聞きながら、モーリス先生の話を聞いているんだろう。


 こっちが老人に対して苦情を言いたいくらいなのに。


「もちろん私意外にもこの事を独自に考えて品種改良を推考しているエルフは沢山居る。私と同様に神が因子を選ぶと考えている者もいるし、そうじゃない別の何かによって選ばれると考える者も居る。エルフ族な中でも決着が付いていない問題なんだ。そこに新しく遺伝子と言う概念が飛び込んで来た。興味を示すなと言うのが無理な話だ」


 はいはい、知的好奇心知的好奇心。

 それを幼い教え子に迫る言い訳にするのは如何な物か。

 アプリちゃんを追い掛け回す姿に尊敬の念は薄れてしまったから先生と言う呼称は一旦封印しよう。


 それで、俺が知っている遺伝子の情報をモーリスさんに教えればもうアプリちゃんを虐めなくなるんですか?



「虐めていたなんて人聞きの悪い事を言うんじゃない。本当に何も知らないのかと毎日訊ねていただけだ。老い先短い老人のちょっとした興味を満たす為に、それくらい許してくれてもいいだろ」


 どう見ても老い先短いとは思えない。モールスさんは後10年、20年とまだまだ生きそうですよ。


「まあ健康には気を付けているし、病気に罹っても自前の薬ですぐに治せるからな。そんな事よりも、早く遺伝子について教えてくれ」


 顔をグイッと近づけて鼻息荒く迫るモーリスさんの行動に俺は大きく溜息をついて、メンデルの法則について俺が知っている内容を話した。


 面倒くさいから細胞分裂の話は教えなかった。その辺の話が聞きたいのなら、ニコルさんを紹介しよう。




「その、2本ある遺伝子の片方が選ばれる条件は何かね。やはり神の意志か?」


 無作為ですよ。どちらが選ばれるかなんて誰にも解らないんです。


 それに、この世界に2人しかいない神様が、年間何人も産まれる子供全員の遺伝子を操作していたら大変な重労働ですよ。


「ではエルフ族の中で回復魔法が使える者と使えない者が居る理由は何だと思うかね?回復魔導師の子供が回復魔法を使えない例は多分にあるんだが」


 それはさっき言ったように、回復魔法を使用可能になる遺伝子が劣性遺伝子なんじゃないんですか?


「対立遺伝子に負けてしまう遺伝子という話だったな。子供に発現する確率が4分の1なら数が少ないのも納得出来るが、実際の魔導師の数はもっと少ないぞ」


 じゃあ他に何か発現する為の条件が必要なんじゃないんですか?

 その辺は回復魔法の専門家じゃないのでわかりません。


「それに劣性と言う言葉は良くないな。回復魔法はとても有用な魔法なんだから。潜在とか潜伏とか、負けてるんじゃなくて隠れているといった印象を与える言葉を選んだ方がいいんじゃないか?」


 俺にそれを言われても困ります。俺が決めた言葉じゃないんで。

 その辺はもうモーリスさんの好きにしちゃって下さい。もうこれで話は終わりなんで帰らせてもらいますね。


「ちょっと待て。私は自分で推考するのも好きだが、他人と討論するのも好きなんだ。君はなかなか面白い考えを持っている。私の考えに対する別意見をもっと聞きたい」


 老人とは思えない力で俺の左腕をがっつり掴んで離さないモーリスさんから逃げる事が出来ず、俺はモーリスさんの気が済むまで討論に付き合わされることになってしまった。


 申し訳ないので私も付き合いますと言ってくれたアプリちゃんだけが、俺の心の支えだ。

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