第21話 俺は完成した本を贈呈する
クレメンスさんの挿絵を入れて製本した人体構造学の本は、遅くなってしまったがアプリちゃんに贈呈した。
もう4月半ば。アプリちゃんが勉強を始めてから約1か月も経ってしまった。本当は3月中に渡すつもりだったんだけど、申し訳ない。
「一生懸命に何か作業をされていると思ったら、この本を作っていたんですか?凄いです」
手渡した本をパラパラと捲りながら、アプリちゃんが感嘆の声を漏らす。
その声を聞くだけで今までの苦労が報われるというものだ。
しかし、この本は俺が作った物では無いという事にしたい。著者の名前も偽名を使っている。
どうしてこんな内容を知っているんだと質問されても困るし、もう一冊作ってとか言われたら面倒だ。ニコルさんがやったように、写本したいなら勝手にやって下さい。
なのでこの本は、王都の古本屋で購入しました。ということにしておいて欲しい。
「私は古本屋には行ったことが有りませんが、色々な人が読み終わった本を売りに来るお店だと聞いています。こんなに綺麗な本が売られていたと皆信じるでしょうか?」
他人が信じる信じないかはどうでもいいんだ。アプリちゃんは古本屋で手に入れた本を貰った。どこの古本屋でいくらで買ったとかは知らない。古本屋に有った本を偶々誰かから贈られた。いいね?
「は、はあ。ゲオルグさんがそこまで言うのなら話を合わせますが、隠すほどの事ではないように思えます。もっとこの本を作り上げた事を誇ってもいいのでは?」
いいんだ。これはアプリちゃんの勉強の為だけに作った本だから。
まあ、もし本の内容を完璧に覚えて要らなくなったって言うなら、村の図書として寄付してくれるとありがたい。医者になりたがるような子供が居たら、その勉強に役立てたいからね。
「それならなるべく綺麗に使わないといけませんね。改めて、こんなに良い本をありがとうございます。一生懸命勉強します」
こんなに幼い時から知識を詰め込むのもどうかと思うけど、回復魔法を習熟する為に勉強が必要と言われたら仕方ないもんな。
勉強の意欲が長く続くよう俺も出来るだけ協力するから頑張って欲しい。
アプリちゃんに本を手渡してから数日後、伏し目がちに沈んだ雰囲気を出すアプリちゃんに話しかけられた。
「ゲオルグさんすみません。本の内容に気になった所が有ってそれについてモーリス先生に質問してみたら、本を書いた人と話がしたいと言われまして。古本屋に有った本を貰っただけなので誰が書いたのか解らないと言ったんですが納得してくれなくて。どうしたらいいでしょうか?」
どうしたらと言われても、そのまま知らぬ存ぜぬを通してもらうしか。
ところで、どんな内容を質問したのか聞いてもいいかな?
「腹部臓器の章にある男女の生殖器の違いという所です」
はっ?。
全く想定していなかった事柄に思わず驚いてしまった。
「父親の遺伝子を持った精子と母親の遺伝子を持った卵子が母親の子宮で一緒になって子供が作られて行くと本に書いてありました。その後の出産まで詳しく。でも遺伝子については詳細な説明が無かったので、ゲオルグさんも詳しく知らない事なのかなと。それでモーリス先生に聞けば解るかなと思って質問してみたんです」
あ、そういう事か。びっくりした。おれはまたてっきり、どうして子供が出来るのかとかそういう大人が答え辛い質問をしたのかと。
「そういう女性にとって大切な話は既に母から聞いているので大丈夫です。ゲオルグさんは遺伝子の事を知っていて敢えて本に詳しく書かなかったんですか?」
そこを詳しく書かなかったのは、足を踏み入れるとどんどん深みに嵌りそうだったからだ。
子供に人体構造を教える教科書なんだから、大学生が専門的に学ぶような深みまで記載する必要は無いとニコルさんと相談して排除した。
そう、詳しく書き始めるとどんどん本が分厚くなっていくから取り止めたんだ。多少は俺も答えられるから、アプリちゃんがどんなことを知りたかったのかもう少し詳しく聞いてもいいかな?
「同じ父様と母様から産まれたはずなのに、私と兄様がこんなに違うのは遺伝子のせいかと思ったんです。この遺伝子が、父様の言うエルフの血、なんですか?」
なるほど、それを疑問に思ったのか。
それは遺伝子の事をもう少し詳しく学ばないと答えが出ないよね。
遺伝子はね、基本的に2本が対になって存在するんだ。
父親から1本、母親から1本貰って、皆2本ずつ所有している。
で、この2本の遺伝子は、例えば俺の子供が出来た時は、2本の遺伝子の内どちらか1本が勝手に選ばれて複製され、子供に渡されるんだ。
例として、俺とアプリちゃんが結婚して子供が出来たとしたら、俺の2本の遺伝子から1本、アプリちゃんの物から1本が子供に渡される。それは俺が父親から貰った物とアプリちゃんが父親から貰った物かもしれないし、母親同士から譲り受けた物かもしれない。全部で4つの組み合わせが考えられるんだよ。
だから、アプリちゃんとプフラオメ王子が持つ遺伝子が異なる可能性は十分ある訳さ。
って、アプリちゃん聞いてる?
俯いて黙り込んでしまったアプリちゃんの顔を覗き込むと少し赤くなっていた。
「だ、大丈夫です。つまり私の父と母は2人とも人族の遺伝子とエルフ族の遺伝子を1本ずつ持っていて、私は両親からエルフ族の物を1本ずつもらって2本になったからより濃くなったと言う事ですね。で、もしゲオルグさんとの子供が出来たら、私のエルフ族の遺伝子と、ゲオルグさんの人族の遺伝子が合わさった子供が出来ると」
そうそう、良く出来ました。
まあ俺の遺伝子が2本とも人族の物と確定している訳じゃないけどね。もしかしたら別の種族の者が混ざっているかも。
「質問に答えて頂いてありがとうございました。出来るだけモーリス先生の追及を避けるよう頑張ります」
そうだった。問題はモーリス先生の方だ。
諦めてくれたらいいけど、ダメだったら俺が対応しなきゃいけないのか。
アプリちゃんの勉強になればと思って始めた事が、どんどん面倒な方向へ進んでいる気がする。
もう全部ニコルさんが書いた事にて丸投げしちゃおうかな。なんて悪巧みを考えながら去り行くアプリちゃんを見送っていた。




