第15話 俺は面倒な老人の相手をする
王子は結局アプリちゃんから離れようとせず、宰相は渋々2人を連れて去って行った。
あれ程興奮する王子も珍しい。妹の事となると冷静さを欠いちゃうのは王子の欠点だよな。
俺達は王子の御付の人に案内されてマルティナ様の下へ向かっている。
王子達に置いて行かれた俺達は父さんとの約束を優先して、マルティナ様の所で合流を待つことにした。
父さんも姉さんもまだ冒険者ギルドでギルドマスターに捕まっているんだろうか。
大きな揉め事になっていなきゃいいんだけど。
マルティナ様が暮らすエリアは王城の北側で少し日当たりの悪い場所になるが、廊下の窓からは裏庭全体が望められて静かな良い場所だ。
まあ、静かなのは人通りが少ないからで、王城の僻地だとも言えるけどね。他の2人の妃様がどんなところで生活しているのかは知らないが、妃が暮らす場所としては不便じゃないかなと思ってしまう。
御付の人に連れられてマルティナ様の部屋に入る。
簡素な作りの部屋だ。
過度に部屋を飾るような調度品は無く、落ち着いた色調の家具で揃えられている。
マルティナ様は部屋の更に奥、テラスに設えられた椅子に座って紅茶を飲みながら談笑していた。
談笑の相手は、アプリちゃんと一緒に訓練所に居た老人だ。
「あら、ゲオルグ君いらっしゃい。プフラオメもアプリも魔力検査からまだ帰って来てないのよ。少し待っていてね」
テラスに出て来た俺達に気づいたマルティナ様が声を掛けて来る。
俺は2人が宰相に連れられて王様の所へ行ったと伝えた。
王子が無理矢理くっ付いて行ったことは、言おうかどうか迷ったが、正確に伝える事にした。
「そう。これで王がアプリを護ってくれると嬉しいんだけど」
こうなることが分かっていたような雰囲気でマルティナ様が返答する。
もしかして、アプリちゃんに魔力検査で回復魔法を使うよう指示しました?
「いいえ、アプリが自分1人で考えて行動に移したのよ。私はアプリの話を聞いて、ディルクさんを紹介しただけ」
マルティナ様に名前を呼ばれた老人が口を開く。
「こんな子供でもあれを見て回復魔法だと気付くのなら、あそこに居た全員が気付いただろうな。喜んでいいのか、悲しんでいいのか解らんが」
「喜んでください。アプリの新しい門出ですから。これからあの子は困難な道を歩むと自分で決めたんです。私達がやらなければならないことはあの子を止める事じゃなくて、あの子の身を護りながら背中を押してあげる事ですから」
「儂があと30年、いや20年若ければ、儂も嬢ちゃんを護る為に体を張ったんだが、流石にもう無理だな」
「大丈夫です、ディルクさんはゆっくり休んでいて下さい。あの子には立派な父親が付いていますし、頼りになる友達も居ますから。ね、ゲオルグ君」
は、はい。
勢いで、はい、と返事をしてしまった。
別にアプリちゃんを助けたくないというつもりは無いんだけど、もう少し考えて返事をするべきだったとちょっと後悔。
「なるほど、この子が嬢ちゃんの言っていたゲオルグか。3王子と違って覇気も無く、頼りがいの無さそうな男子だな。嬢ちゃんはこんな冴えない男のどこが気に入ったんだ?」
ははは、なんだこの爺は。
初対面の人間に対して失礼な爺さんだな。
回復魔法が切れた状態のクソジジイよりは頼りになると言い切れるぞ。
「ごめんねゲオルグ君。このお爺さんは孫のように可愛がっているアプリに変な虫が付いたと思って、ちょっと振り払おうとしているだけなのよ。私は頼りにしているから、こんなクソジジイの言う事は無視して、これからもプフラオメともアプリとも仲良くしてあげてね」
マルティナ様の口からクソジジイという汚い言葉を聞くとは思わなかった。
ちょっとだけ胸がすっとしたから、爺さんの失礼な言葉は聞き流すことにしよう。
「儂があと20年、いや10年若ければ、こんな若造など力でねじ伏せていたと言うのに」
はいはい、そうですね。あんな凄い剣技を持っているんだから、若い頃はさぞお強かったんでしょうね。俺なんかきっと一瞬で斬り伏せられたでしょうね。
マルティナ様のお蔭で少し余裕が出来た俺は、ちょっとだけ爺さんにごまをすってみた。
「おっ。あれを見てその凄さが分かるか。あれをやるにはちょっとしたコツがあってな。ドワーフ族から教わった金属魔法を使って剣を強化してあるんだ。長年苦労してドワーフ族から伝授されたんだが、あれが有ると無いとでは全く違う。もし興味があるのならドワーフ族に聞いてみるといいぞ。教えてもらえるかどうかはちょっとしたコツが必要だがな」
俺のごますりが琴線に触れたのか、急に上機嫌になってペラペラと喋り出す。
機嫌の上下が激しすぎて対応し辛い。ずっと上機嫌ならいいんだけど、またすぐに不機嫌になりそうで言葉選びを考えないといけない。
ドワーフ族から話を聞くコツを聞きたいか?って爺さんは更に尋ねてくる。
言いたいなら言えばいいと思うんだが、きっと聞きたいと言わせて優越感に浸りたいんだろうな。
酒を持って行けばドワーフ族は何でも話してくれると俺は解っているけど、不機嫌にさせないために教えて下さいと頭を下げる事にした。
「残念ながらそれは教えられない。嬢ちゃんの隣に居たいと言うのなら、簡単には人に聞かず、自分の力で理を知る努力をするべきだな」
そう言う反応を返して来るのか。
うん、この老人は面倒くさいな。




