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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第6章
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第8話 俺はアプリちゃんの決意を聞く

 王城の温室内をゆっくりと歩きながら、しっかりと手を握り返してくるアプリちゃんの様子を窺う。


 じっと自分の歩く先を見つめている。


 自分の未来を見通しているかのように。


 アプリちゃんは視線を動かさないまま、再びローラントさんとの思い出を語り始めた。


「ローラントさんはあまり自分の話をしない人でした。極稀に出身地の話や御家族の話をしてくれましたが、一緒に居る時は大抵私がその日に有ったことを話すか、色々な本を読んでもらう事が多かったです。ローラントさんがライネン侯爵家の出身で御兄弟に兄と妹が居る事は伺っています。ゲオルグさんはローラントさんの生まれ故郷に行ったことは有りますか?」


 いや、行ったことは無い。

 麻や綿花を育てていて、糸を作る紡績業が盛んな土地だと聞いている。今はそれらの収穫時期じゃないから、畑には違う物が植わってるかもしれないけど。


「私、一度そこへ行ってみたいってローラントさんにお願いしたことが有るんですよ。でも、領地に居るお父様やお兄様と仲が悪いからダメだって断られました。それなのに自分は夏に数日間休暇を取って故郷に帰ってるんですよ。病気の妹様のお見舞いに行くんだと仰ってましたが、私もついて行きたかったです。お土産に可愛らしい服を頂いたので、それ以上何も言えなくなりましたが」


 ローラントさんの家族とは対面したけど、お父さんはそこまでローラントさんに悪い感情を持っている雰囲気じゃなかったな。お兄さんは、ちょっと怒ってる感じだったけど。


「そうですか。いつかお会いすることが有れば、御家族の皆様ともローラントさんの事を話してみたいですね。でも私の事を怒っているでしょうから、先に謝罪しないとダメですよね」


 どうかな、アプリちゃんには怒ってないと思うけど。


「それなら嬉しいんですが、でも私のせいでローラントさんは、その、もう、この世には居ないんですよね?」


 歩くのを止めて立ち止まったアプリちゃんが、視線を動かしてこちらを見上げる。


 言葉にしたら現実になってしまうという思いと、言葉にしないと前に進めないという気持ちが混ざり合ってなんとか言葉を紡いだアプリちゃんは、悲しみとも笑みともとれる不思議な表情をしていた。


「そうだよ。もし生きていたとしても、二度とアプリちゃんの前には姿を見せないと思う」


 不思議な表情に心が乱され、何とも中途半端な答えを返してしまった。

 もう死んだんだよと断言出来なかったのは、俺が心のどこかで、ローラントさんが生きていて歩けるようになったレナーテさんと再会して欲しいと、望んでいるからかもしれない。


「ゲオルグさんは優しいですね。何を聞いても答えてくれないお母様やお兄様と比べるとずっと優しい。ローラントさんの事は巡回の兵士が立ち話をしていたのを耳にしたので理解しています。ゲオルグさんが何と答えるか確認したかっただけなんです。試すようなことをしてすみません」


 そっか。いつのまにかそんな駆け引きが出来るような大人に成長したんだな。


 でもマルティナ様もプフラオメ王子もアプリちゃんの事を思って黙っていたんだから、それに怒ってはダメだよ。後ろで王子が絶望したような顔をしているからね。


「はい、それは大丈夫です。私の数少ない家族ですから」


 家族という部分を強調し、無理矢理作った笑顔で後ろを振り向く。

 その表情を見た王子が明らかに安堵した顔を見せる。


 王子の顔芸に笑ってしまいそうになっている俺に、アプリちゃんが話を続けようと発言する。


「そろそろゲオルグさんが知っている話を聞かせてもらえませんか?」


 そうだね、アプリちゃんの話は随分聞かせてもらったから、俺も話をしないとね。


 じゃあどこから話をしようか。


 よし、ローラントさんの妹、レナーテさんのことから話をしよう。




「妹様の足を治す為に、回復魔法を。それで、その妹様は歩けるようになったんですか?」


 昨日ニコルさんの診療所でレナーテさんがリハビリをする様子を覗いて来たが、漸く自分の足で立てるようになったと言ったところだった。

 歩こうとしても一歩が踏み出せず、バランスを崩して倒れてしまう。まだ片足で体を支える事が出来ないんだ。

 歩けるようになるのは、まだずっと先の話だ。


 でも、リハビリに挑戦するレナーテさんは悲観的な表情をしていなかった。

 ローラントさんが残して行った希望を叶えようと、気合が入っている様子だった。


「ローラントさんの願いは、時間が掛かっても叶えられるんですね。それは、単純によかったなと思います。でも、出来れば私が、その願いを叶えてあげたかったなと。なんだか、胸の奥がもやもやします」


 それは、嫉妬かな。


 自分以外の人間が大好きな人の願いを叶えようとしている。小さな子供だろうが成熟した大人だろうが関係無く芽生える、嫉妬。


 話をしたことをちょっと後悔している俺がいる。

 強烈な嫉妬心がアプリちゃんの心に悪影響を及ぼさなきゃいいが。


「だいじょうぶ。私は大丈夫です。妹様の話を聞けて良かった。これで私も決心出来ました。もう二度と、私はこんな思いをしません」


 繋いでる手を力強く握り返して意思表明をするアプリちゃんからは、何となく嫌な予感しか感じられなかった。

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