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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第6章
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第7話 俺は緑に囲まれて話を聞く

 王城の裏庭に温室が1棟建っている。


 マルティナ様が管理している温室で、アプリちゃんと一緒に多様な花を育てている。

 俺が送った種も、まだ芽吹いては居ないが、温室の一角に植えられているようだ。


 温室の周囲には花壇や生垣、背の高い樹木が意図を持って配置されていて、緑を感じて心を落ち着かせるにはとても良い場所だと思う。


 今はマルティナ様に頼まれて、温室内で生育している植物の様子をエステルさんがチェックしている。

 姉さんはエステルさんと並んで温室内を散策中。いつのまにか水魔法を使い熟しているクロエさんが、エステルさんの指示に従って水を撒く。第一王子は特に不満げな様子も無く女性陣の後ろにくっ付いて歩いていた。


 俺は温室の外に設置されていた長椅子に腰掛けてその様子を眺めている。


 温室内からこちらに向かって手を振って来た姉さんに手を振り返す。隣に座っているアプリちゃんもちょっとだけ手を動かして応えていた。


「アプリちゃんは、ローラントさんが何を願って行動していたのか、知ってる?」


 一度聞きたいと思っていたが手紙では聞けなかった事を、ぽろっと口に出してしまった。


 俺の不用意な発言を聞いたアプリちゃんは僅かに動かしていた手を止め、黙って俯いた。


 ローラントさんが何をしたかったのか、ローラントさんなりの正義の先にどのような未来が待っていたのか、アプリちゃんに知ってもらいたかった。知るべきかなと思った。


 だけど、このタイミングで言う事じゃなかったと、口に出した後に反省した。折角アプリちゃんが心を開きかけていたのに。


「ゲオルグさん、その話はアプリにはしないでください。折を見て父から話をすることになっています」


 アプリちゃんの向こう側に腰掛けているプフラオメ王子から非難の声が届く。


 ごめん。アプリちゃんを悲しませたり混乱させたりするつもりは無かったんだ。申し訳ない。


「聞きたい」


 アプリちゃんの頭上で言葉を投げ合う俺と王子にしか聞こえない程の小さな声で、でも力強い決意を感じさせる声色でアプリちゃんが言葉を発した。


「私はローラントさんが何を考えていたのか知りたい。何を願っていたのか聞きたい。出来ればローラントさんと直接話をしたい。でも、それはもう無理だって解ってる。誰も教えてくれないけど、ローラントさんはもういないんでしょ?」


 アプリちゃんの切実な願いにどう答えていいのか迷い、アプリちゃんの向こうに居る王子と目を合わせる。王子は僅かに首を横に振って意志を示した。


「ゲオルグさんはどこまで知ってるんですか?ゲオルグさんも他の人達と一緒で私が何も知らない小娘だと思ってるんですか?誰も教えてはくれないけど、聞きたくない噂や内緒話は耳に入って来るんですよ」


 自信を腫物のように扱う周囲の人々への怒りを言外に込めるアプリちゃんは、ぐいっとこちらに体を寄せて、力の籠った眼差しで俺の目を見て来る。

 そのアプリちゃんの態度を見ても、王子は首を縦に振らない。


「わかった。話すかどうかは置いといて、俺達も温室の中に入ろうか。ここだと巡回の兵士や休憩に来る役人達の目もあるし、秘密の話をするにはちょっと無防備だからね」


 俺はアプリちゃんの手を取って立ち上がり、温室の入口へと向かった。


 痩せた細長い指だ。強く握ったら簡単に折れてしまいそうな手。以前一緒にドーナツを作った時はもうちょっと丸みが有ったように思う。

 この2か月で精神と肉体を削ってしまったんだろう。アプリちゃんを悩ませているのは王子を含めた周りの人間のせいだ。アプリちゃんの事を思って正確な情報を話さなかった結果、噂を耳にしたアプリちゃんを苦しめている。俺には、そうとしか思えなかった。


 俺達を護衛していたジークさんとマルテに温室には誰も入れないでくれと伝え、俺とアプリちゃんは温室に入った。王子は渋々といった様子でマリーと共に後に続いている。マリーにはやってもらいたいことが有るから、温室に入ったら別行動となる。


「俺が話をする前に、アプリちゃんにとってローラントさんがどういう存在だったか教えてもらえるかな。それからローラントさんについて知っていることも聞きたい。出身地とか家族構成とか」


 アプリちゃんの歩行速度に合わせてゆっくりと温室を巡りながら、まずはアプリちゃんの心に溜まった鬱憤を吐き出させようと試みる。


「ローラントさんは、私にとって父でした。私が感じた限り、私に一番多く愛情を注いでくれた大人の男性はローラントさんだったので、年に数回しか会わない国王よりもよっぽど父親らしかった。私が熱を出して寝込んでいる時に一度も見舞いに来てくれなかった人より、ずっとそばにいてくれた人を大切に思っていました。一度、お父さんと呼んでいいかと聞いてみたら、『まだ結婚もしていないからお父さんはちょっと。妹がいるからせめてお兄さんにしてほしい』と言われて断られましたが、私達2人しかいないところでお父さんと呼ぶと笑って受け入れてくれました」


 ぽつり、ぽつりとローラントさんへの想いを口にする。

 ここ1年領地経営が忙しく不在がちになったプフラオメ王子の代わりに兄の役目を担っているのかと想像していたが間違っていた。

 恐らくそれよりももっと前に、物心ついた時から身近にいる大人の男性を父と思い、愛情を持って暮らして来たんだろう。


 ちらっと後ろを振り向くと王子と目が合い、またしても首を横に振っている。

 王子も気付いていなかったんだな。


 アプリちゃんとローラントさん、2人だけの秘密。


 ローラントさんはどんな気持ちでアプリちゃんの愛情を受け止めていたんだろうか。

 愛情を向けてくれる子を利用する事に何も躊躇を感じなかったのか。


 そんな答えの出ない問題を考えながら、俺はアプリちゃんの次の言葉を待っていた。

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