第6話 俺は手紙の遣り取りをする
「親愛なるゲオルグさんへ
いつもアプリを気遣って頂きありがとうございます。
あの事件から約2か月。まだ魔法の練習を再開する気にはならないようですが、
年が明けて漸くアプリの表情が柔らかくなってきました。
それもこれもゲオルグさんがアプリを励ます為に手紙や物を送って下さったおかげです。
以前送って頂いたフライヤーや食材を使って、今日久しぶりにドーナツを作りました。
お城の料理人達は僕達が調理するのを嫌がっていましたが、
上手に出来たドーナツを食べて驚いていましたよ。
またゲオルグさんも一緒にドーナツを作りましょう。
妹もきっと会いたがっていると思います。
プフラオメより」
年が明けて暫く経ったある日、プフラオメ王子から届いた手紙に目を通す。
先月アプリちゃんに送ったフライヤーが役に立ったようで良かった。
「ねえねえ、何て書いてあるの?私にも見せてよ」
はいはい、どうぞ。いつも手紙を運んでもらってありがとう姉さん。
あの事件以来アプリちゃんが塞ぎ込んでいると言う話を聞いた俺は、アプリちゃんを元気付ける為に手紙を送ったり花の種を送ったりして来た。
ちょっと回りくどい形になるけど、郵便物は姉さんから第一王子に手渡され、第一王子からアプリちゃんに渡される。返信はその逆で。
姉さんは学校で第一王子とあまり話をしていなかったようだから、これを機に少し2人の距離が縮まるといいなと思って利用させてもらった。王子から姉さんへの好意は明らかなんだけど、姉さんの方はどう思ってるか解らないんだよな。
「そういえば、アプリちゃんを元気付ける為に今度お城に来ないかって王子に誘われてるんだけど、ゲオルグも一緒に行かない?」
おっ。これは王子も妹を利用して姉さんとの距離を詰めようとしているな。
王子の邪魔をしないように参加を辞するか、それとも俺がアプリちゃんの相手をすることで王子と姉さんが2人きりになる時間を作るか、どっちを選ぶのが正解か迷うところだが、残念ながらまだ村から出る許可が下りてないんだ。
姉さんもあんまり色々と出歩かないようにって父さんから言われているでしょ?
「ああ、そうだった。多分大丈夫って言うと思うけど、父様に一応確認しないと。ゲオルグの事も一緒に頼んでみるね」
ありがとう。
ところで姉さんは何時まで第一王子の事を王子って呼んでるの?
偶には名前で呼んであげたら王子も喜ぶと思うけど。まさか名前を知らないってことは無いよね?
喜んでもらった方がこっちも色々と頼みごとをし易くなると考えているのは内緒だ。
「会った時からずっとそうだし皆もそう呼んでるから、私が急に名前で呼びだすのは変でしょ。キーファーも言い辛いし」
あ、名前はちゃんと知ってたんだね。
言い辛くは無いと思うけど、あんまり口出しして2人の関係が変な感じになるのも困るから、姉さんの好きにさせよう。
俺は姉さんの味方のフリをしてこっそり王子の援護をする、出来た義弟なのだ。
夕食の家族団欒時、姉さんが先程の話題を口にした。
話を聞いた父さんは一度口を閉じて考えを巡らせた後、父としての決定を言葉にした。
「わかった。ではゲオルグを参加させる代わりに俺も一緒に行こう。子供達だけで行くのは危険な予感がするからな」
そのパターンは考えてなかった。
姉さんは皆で行くとなって喜んでいるが、王子としては義父親が来るのは気まずいんじゃないかな。
「まだまだ娘を他の男に盗られる訳にはいかない。と、言いたいところなんだが、俺が付いて行く一番の理由はそれじゃない。今王城に入るのは割と危険なんだ。俺1人で城に居る時ですら嫌な視線を感じる時が有る。そんな状況で男爵家の子供が王族と仲睦まじく遊んでいたら、何か可笑しなことを考える連中が出て来るかもしれない。俺が付いて行くのは2人の邪魔をする為じゃなくて、何か会った時にアリーを護る為だ」
拳を強く握って力説してるけど、それなら最初から参加許可を出さなきゃいいのに。
「娘の安全と娘の願いを叶える事を天秤にかけた結果だ。お前も娘を持つ親になればきっと解る」
まあ姉さんの笑顔が見たいと言うのは解らなくもないけど。
王子ごめん。俺にはどうする事も出来ない。折角姉さんが王子の誘いに乗ったのに、今回はタイミングが悪かったと諦めてくれ。
ジークさん、マルテ、マリー、ロミルダ、エステルさん、クロエさんも参加して大所帯になった俺達を出迎えた第一王子は少し顔を引き攣らせていた。
なんか色々皆の意見を聞いていたらこんなことに。王子、本当にごめん。
それでも一瞬で冷静さを取り戻した王子によって、俺達はアプリちゃんの下へ案内された。
久しぶりに会ったアプリちゃんは少し痩せていて、以前のようにニット帽を目深にかぶり、プフラオメの傍から離れようとはしなかった。
とりあえず今朝作って来たドーナツを一緒に食べよう。色々な味を作って来たから好きな物を選んでいいよ。
バスケット一杯に詰め込まれたドーナツを見て、アプリちゃんが少しだけ微笑んだように見えた。




