第3話 俺は回復魔導師について考える
俺が知っている回復魔法の使い手は2人。
王都で街医者をやっている人族のニコルさんと、村で温室の管理を担当しながら王都の学校へ通っているエルフ族のエステルさんだ。
ニコルさんは地球から転生して来た時に神から授かった回復魔法。エステルさんはエルフ族の血により習得した回復魔法。
ニコルさんが回復魔法を使えるのは殆ど知られていないはずだ。ニコルさんは過去に色々あったことから、回復魔法を大っぴらに使う事を敬遠している。俺も口外しないように厳命されているし、恐らく父さんも知らないんじゃないかな。
エステルさんの方は父さんも知っている。エステルさんも隠そうとはしているが、ニコルさんほど厳密には秘匿していない。俺が作った宝石の魔導具に回復魔法を封入してくれたのはエステルさんだ。今回の事件では大いに活躍してもらった。またエステルさんの手が空いている時に頼まないとな。
ライネン侯爵家の願いを叶えるとして、どっちに回復魔法を使って貰うのかは俺の中で決まっていたんだけど、父さんは村へ帰って来る時にニコルさんを連れて来た。
エステルさんに回復魔法を使って貰うんじゃないのか。
「俺は出来るだけ回復魔法を使わせたくないと思っている。王国最高の医者に診てもらったら回復魔法を使わずとも何か手段が見つかるかもしれない。亡くなったローラントの意志には反すると思うが、こちらがそれに従う義理も無いしな」
まあ父さんの言い分も分かる。
回復魔法を男爵家だけで独占しようとしている訳じゃなく、エステルさんの身を護る為の処置だ。貴重な回復魔法の使い手は引く手数多。目立ち過ぎると悪人が利用しようと動き出す可能性が有る。
回復魔法の魔導具を使いまくった俺が言うのは違うのかもしれないけど。
帰って来た父さんは応接室で公爵家のお三方に事情を話し、ニコルさんを紹介した。
「それでは話が違う。ローラントの最後の願いだからここに来たんだ。回復魔法を使えないのなら意味が無い」
父さんの意見にライネン侯爵が咬みつく。レナーテさんがまあまあと抑えるが侯爵の気持ちは高ぶったままだ。侯爵も王家に目を付けられる危険を冒してここに来ているんだから、父さんの考えに反発するのは仕方ないのかもしれない。
「グダグダ長話をしていないで、とりあえずレナーテさんの足を診ましょうか。男達は一度外に出なさい。マリーは私の助手ね」
はい、すぐに出て行きます。
ギード様も侯爵も、早く席を立ってください。ニコルさんを怒らせると面倒なので、指示に従ってください。
「あのニコルと言う女医は、いつもああいう感じで高圧的なのかね?」
皆で廊下に出てニコルさんの診察終了を待っていると、ギード様が疑問を口にする。いきなり外に追い出された侯爵は壁に背を預けて目と口を閉じている。何とか怒りを沈めようとしているんだろうな。
ニコルさんは患者優先の人ですからね。身分とか力関係とか、そういうのはあまり気にしません。でも医者としての腕は、王国一でしょうね。
「そうか、そんな医者が居たのか。レナーテが怪我をした時にそんな医者に診てもらう事が出来ていれば、全然違う未来が待っていたんだろうな」
怪我をしたのは10年以上前だと言っていたな。10歳をとっくに超えている姉さんの出産時に助産師担当したのがニコルさんだと聞いているから、少なくとも王都には居ただろうな。ニコルさんの事だから細々とやっていたんだと思うけど。
「あの時は四方八方手を尽くして医者を探したんだが、誰もレナーテを回復させることが出来なかった。レナーテの人生も、ローラントの人生も、私の手に掛かっていたと言うのに」
当時の事を振り返るギードさんは次第に声の調子を落としていく。
父親としてもっと出来る事が有った筈だと後悔を口にする。
王家が回復魔導師を隠し持って独占しているんだ、というような内容の話をローラントさんから聞きました。レナートさんが怪我を負った当時、それを頼りにしなかったんですか?
「一度だけ、助けて欲しいと王家に願い出た事があるが、医者を紹介されただけだった。当時は戦争が終わってすぐの頃で、色々な噂が有った。回復魔導師は戦場で倒れただの、歳だから引退しただの、国を捨てて旅立っただの。だが戦争中には確かに回復魔導師は存在したんだ。それは戦場で活躍していた男爵の方が詳しいだろう。その回復魔導師を王家が簡単に手放すはずがないと思って頼みに行ったが、ダメだった。今回の罰金に匹敵するほどの高額な依頼料を持参して行ったんだがな」
前任の回復魔導師か。その人の代わりに、アプリちゃんが選ばれたという事だな。
その人は本当にもうこの国に居ないんだろうか。
父さんは何か知ってる?
「戦場で亡くなったと俺は聞いている。それ以上は聞くな」
また分かり易い発言をしたものだ。亡くなったと見せかけて逃がしたと言っているようなものだろうに。
戦場で酷使される回復魔導師。それはニコルさんも経験している。エステルさんやアプリちゃんもそのうちそういう事に巻き込まれるんだろうか。
国を護る為とは言え、喜ばしい話では無い事は確かだ。
「診察が終わりましたので、皆様中へお入りください」
ギードさんの後悔を聞いて重い雰囲気が漂う廊下に、マリーの元気な声が響き渡る。
じゃあ気分を変えて、中に入りますか。
俺はギードさんの背中を押して、応接室へ戻った。




