第2話 俺は母親に驚愕する
「ちょっとヴルツェルまで行ってくるね」
姉さん、そんな近所を散歩するような言い方で。
「ヴルツェルかぁ、久しぶりに俺も里帰りしようかな」
「あなたは長期間仕事を休めないでしょ。私が一緒に行くわ」
「リリーだって護衛の指名依頼が入ったって言ってたじゃないか。勝手にキャンセルしたら“暴風”の名に傷がつくぞ」
姉さんの発言を聞いて、父さんと母さんが言い合いを始めた。どっちが姉さんについて行くか、どちらも譲らない。
喧嘩しても2人は行けないけどね。
「アンナと行くから大丈夫。2人ともしっかり仕事してね」
姉さんの無慈悲な宣告に、2人が肩を落とす。そんなについて行きたかった?
「なら実家に連絡をするから、出発は明後日まで待って」
連絡せずに行って不在だと困るけど、どうやって連絡するんだろう。
「遠く距離が離れていても通信出来る魔導具があるんだよ。王都にはお城と冒険者ギルドに通信施設がある。お城にある施設では各領主の領都と連絡を取れるんだが、ヴルツェルは領都じゃないから冒険者ギルドの魔導具を使って連絡するんだ。お城の魔導具なら無料で使わせてもらえるんだけどな」
へぇ、電話みたいな魔導具があるのかな。
「明日の朝一で冒険者ギルドに入って伝言を頼む。返信はすぐに来ないから、夕方に確認しに行くんだ。その間に旅の準備をしないとな。馬車で1週間だからしっかり準備しないと」
父さんって割と簡単に仕事休もうとするよね。何の仕事しているのか知らないけど、社会人として大丈夫なんだろうか。
「飛んで行くから7日分も荷物は要らないよ。1日あれば着くんじゃないかな」
王都からヴルツェルまでの距離を地図で確認した姉さんは、自信を持ってそう言うんだけど大丈夫なの?
「さすが私の娘ね。でも私が本気を出せば4時間で着くけどね」
母さんが娘に対抗して自慢している。私も本気で飛ぶよ、と姉さんが目をキラキラさせている。
馬車で7日かかるところを4時間ってすごい速度になりそうなんだけど。
誰か馬車が1日で走る距離を教えて。
「街と街を繋ぐ定期線の馬車は午前中に5時間走って、昼休憩の後また5時間走るよ。距離は様々だけど100キロメートル前後じゃないかな」
父さんありがとう。距離の単位がメートルで助かったよ。
ええっと、馬車が1日で100キロ移動するとして、王都からヴルツェルまで7日間で700キロ。それを4時間で。
「時速175キロ?ば、化け物か」
「母親にむかって化け物だなんて。ただ風魔法が得意なだけなのに」
オヨヨ、と母さんが泣き真似をしている。
いや化け物でしょ。新幹線には負けるけど、野球の球速には勝ってるんだよ。比較対象は俺が知っている前世の知識から選んだから、みんなには理解出来ないと思うけど。
俺が体感したことがある最高速度は時速100キロかな。高速道路で車の窓を開けて風を感じた。ボボボボって風の音も凄いよね。新幹線にも乗ったことがあるけど、あれは乗ってると速度を感じないから除外かな。
「ゲオルグは速度の計算が出来て偉いけど、母さんを泣かせちゃダメだぞ」
父さんに褒められて怒られた。あれは嘘泣きでしょうが。
「それに街から街への道のりは曲がったり起伏があったりするから、真っ直ぐ飛んで行ったら距離はもう少し短くなる。時速も160キロくらいに落ちるんじゃないかな」
それはわかってるよ。分かりやすいようにしただけ。姉さんも父さんを褒めないで、調子に乗るだけだから。
「街から街への一区間を1時間前後で飛んで、街で10分ほど休憩する。それを7回繰り返そうと思っています」
アンナさんが自身の計画を提案する。安全面に一応気をつけているようだ。無理して飛んで、街じゃないところで飛べなくなっちゃったら困るもんね。
それでも時速100キロ計算だけど。
「そうね、まあ無理しないようによく見てあげて」
母さんの言葉にアンナさんが頷く。俺としてはせめて途中で一泊したら、と思うけどね。
もっと飛べるよと主張している姉さんは、絶対に俺の案を受け入れないだろう。
「ヴルツェルに飛んで行くのはわかったけど、向こうで何をするんだい?すぐに帰って来るのかな?」
父さんが姉さんに疑問を投げかける。連泊するならそれも向こうに伝えないとダメだよね。
「雪と氷を体験して、氷結魔法を練習してくる。私が魔法を覚えるか、ヴルツェル周辺の雪が全部溶けるか、どっちが早いから勝負してくる」
何日まで連泊を許してくれるんだろう。魔法を覚えるまで帰ってくるんじゃない、なんていう親じゃないけど。
「寂しいから定期的に帰ってきてくれ」
そんなに情けないことを言うとは思わなかったよ、父さん。




