第76話 俺は黙って村へ帰る
ローラントさんやアプリちゃんを連れた軍が去った後、父さんは村の被害状況を調べ、ローラントさん達に捕まっていた村人と話をしている。
村人達は、自分達はこの事件の被害者だから、と騒いでいる。
急に村を襲われて逃げ遅れた者が捕まったんだとか。この村の村長まで逃げてしまったから大した抵抗も出来なかったと。
村人達も必死だ。ローラントさんや護衛隊長に協力していたと思われたらどうなるか分からないもんな。
捕まっていた人の中にはローラントさんに切り付けられた人も居るから仲間ではないだろうと思うが、逃げ出した人の中にはローラントさんを匿って協力していた人も居るんじゃないかな。ローラントさんはザフトには行かず、ここでアプリちゃんの到着を待っていたようだし。
色々と口出ししたいところではあるが、父さんの言いつけを守って口を閉じている。
この村は一応父さんが管理を任されている領地内だが、父さんには一切従っていなかった。父さんはこれを機にこの村への影響力を高めたいと考えているはずだ。そのために村民に対して貸しを作ろうと思ってるんだろうな。だから俺が変に茶々を入れて場を掻き乱してほしくないんじゃないかと理解した。
俺はこの場に居てもやることが無いから、ザフトへ行ってプフラオメ王子達に報告するか、王都へ行ってジークさんとルトガーさんをニコルさんに診てもらおうかと思う。回復魔法の魔導具で傷は癒えたけど、念の為に医者に診てもらいたい。
「ジークとルトガーを医者に見せるのは賛成だが、ゲオルグはここに居なさい。ここに居るのが嫌なら数人の団員を護衛に付けるから村へ帰りなさい。謹慎とは言わないが、騒動が収まるまで暫く村で大人しくしていてくれ。リリーにもカエデ達を連れて村に来いと伝えてあるから、寂しくは無いだろ?」
子供じゃないんだから母さん達が居なくても寂しくないよ。
「わかった、言い方を変えよう。カエデ達を村に避難させるから、暫くカエデ達の遊び相手に専念してくれ。今回の件で、ちょっと王都内が騒がしくなるかもしれないからな」
アプリちゃんに手を出そうとした勢力が王都内で暴れるかもとかそう言う話?
「そこまでの事が起こるかは解らないが、まずは国王が動き出す。プフラオメ王子に続いてアプリコーゼ王女まで事件に巻き込まれたんだ。恐らく国王も宰相も黒幕を炙り出そうと行動を起こす。逃げ場を失った黒幕は事件を潰した男爵家に何かするかもしれない。その時、王都の男爵邸よりは村の方が護りやすい。最悪の事態を考えた結果だ。まあアリー達の通学は止めるつもりは無いし、念の為だ」
わかった。じゃあ俺は村へ帰ろう。
プフラオメ王子への連絡やジークさん達を王都へ送るのは父さんに任せていいんだよね?
「ああ、大丈夫だ。王子とマルティナ様に何か伝言は有るか?」
あ、眠り続けていたマルティナ様も気が付いたんだね。よかった。
じゃあ2人に、またアプリちゃんも含めて遊びに行こう、と伝えてほしい。
「わかった。また一緒に遊べる時が来るといいな」
父さんのその言い方は、もう二度とそんな時は訪れないって言っているように聞こえる。
まさか、ね。
父さんと別れた俺は、団員に護衛された馬車に乗っている。同乗者はマリーとロミルダにアミーラ、行き先は男爵家の村だ。ジークさんとルトガーさんは別の馬車で王都方面へ向かっている。
馬車内にはアミーラの声だけが広がっていた。
『今日は良い運動をしたから、食べる肉は格別に美味いだろうな。今から楽しみだぞ』
はいはい、アミーラは呑気で良いですな。
さっき魔石を丸呑みしたばかりなのに、お腹いっぱいじゃないのか?
『魔石は別腹だからな。いくら食べてもすぐに吸収出来るから問題ない』
広い食堂全体に影響を与えるような魔導具だったから魔石もそれなりに大きな物だったはずだろ。それを丸呑みにしてそのまま吸収するとか、お前は蛇か。
『にゃっはっは。蛇の丸呑みには流石に負けるが、魔石を割ると折角の魔力が抜け出ていくことがあるからな。ひと舐めして味見をしたら丸呑みするのが基本だぞ。ああ、食べ物の話をしたらまた腹が減って来たな。マリーよ、さっき貰ったバリバリの肉をもう一度くれ』
マリーよ、じゃないんだよ、まったく。
「今日はアミーラのお蔭で色々助かりましたから、少しは言う事を聞いておかないと」
そう言ってマリーが燻製肉を取り出すと、アミーラは尻尾をぶんぶんと振って喜んだ。
あんまり美味くないって言ってたのに。
『今は腹を満たすことが優先だ。味はこの後の肉で期待しているぞ』
解ってるよ。マルテに頼んで一番良い肉を出してもらうからな。マリーの言う通り、今回の功労賞はアミーラだから。
『ゲオルグも私の次ぎぐらいには頑張っていたぞ。ゲオルグにも良い肉を食べさせよと、私からマルテに言ってやろうか?』
気持ちは有り難いんだけど、アミーラが言ったところでマルテには通じないんだから意味無いでしょ。
『それは残念だぞ。人間がもっと私の意志を理解してくれたら、私はもっと楽に食料に有り付けるんだがな』
はいはい、そうですね。
それからはずっとアミーラへの対応はマリーに任せて、話す内容を聞き流していた。
対外的な戦争が無くて一見平和そうに見えるこの国だが、王族に産まれた人々は苦労している。王子達の次期王太子争いに貴族達の思惑が乗っかる複雑な構造は、俺には理解出来ない。が、まだ小さなアプリちゃんを利用しようとするのは間違っている。
どちらかが死ぬまでアプリを護れよ。
護衛隊長が残したその言葉が何度も脳内で反芻される。
俺は村に着くまで押し黙って、今後あの子がどうすれば命の危険に曝されずに済むのかと思い悩んでいた。




