第70話 俺は王家の秘密を聞かされる
「それは必ず回復魔法なんだ。断じて草木魔法では無い」
自分の発言にイラついたローラントさんが、風魔法をこちらに放ってくる。
『ふんっ』
会議室のテーブルを破壊しながら襲って来た風の刃は、アミーラが軽く尻尾を振って放った雷撃によって相殺された。
ありがとう、アミーラ。
「くそっ、俺1人ではどうしようもないか。ならば仕方ない」
「ひっ」
怒りに任せて放った魔法を簡単に防がれたローラントさんは瞬時に考えを改めて行動に移った。
未だに倒れ伏している男性の患部を両手で押さえていたアプリちゃんを捕まえ、アプリちゃんの首筋に血塗れの剣身を当てる。
「俺はこんなところで諦める訳には行かない。死ぬわけには行かないんだ。どんな手を使ってでも生き延びてやる。アプリを殺されたくなかったら、道を開けろ」
『バカめ。貴様がその子を殺す前に、私の攻撃がお前の心臓を貫くぞ』
ば、ばか、止めろ。アプリちゃんに電撃が当ったらどうする。アミーラは動くな。
『当てるようなヘマはしない。掠った程度では少し体が痺れる程度だ。私は腹が減って来たからさっさと終わらせたいんだぞ』
「おい、にゃあにゃあ煩いその猫に大人しくするよう言い聞かせておけよ。猫が一歩でも動いたらアプリの首を貫くからな」
わかったわかった、動かなかったら明日も美味い肉を食わしてやるからな。
動かないように伝えたから、これで大丈夫だぞ。
それよりも、そこで腹を斬られて苦しんでいる男性を助けたいんだ。アプリちゃんを連れて壁際に移動してくれないか?
「こいつはもう助からん。血を流し過ぎた。アプリが回復魔法を使えたら助かったんだが、残念だ」
男爵家の薬草で作った薬を持って来ているから、大丈夫だ。アプリちゃんのせいで人が死ぬなんて、そんなこと絶対にさせない。
「護衛隊長がここに来る前に、アプリを庇った護衛を1人殺したと言っていた。既にアプリのせいで1人死んでいる。1人死のうが2人死のうが、対して変わらん」
あんたは、その現場に居なかったのか?
それなら、アプリちゃんがその現場を見たかどうかわからないだろ。
「それなら、こいつが1人目になるだけだ」
苦しむ力さえも失われてきた男性を、ローラントさんは足蹴にする。
そうか、ローラントさんはザフトには居なかったんだな。それならドーナツも知らないか。折角アプリちゃんがローラントさんの為に作ったのに、食べられなかったなんて残念だな。
ドーナツの話に対するローラントさんの反応を見ながら、俺はこの部屋唯一の出入り口から離れるように、一歩だけ横へ動いた。
「何だそれは。泣き落としのつもりか?ドーナツが何なのか知らないが、アプリが手料理など出来るわけないだろ。この子とはずっと長く一緒に暮らして来たんだ。何が出来て何が出来ないかはお前より知っている」
抵抗しないアプリちゃんを連れて、ローラントさんも一歩横へ移動する。倒れている男性から離れて、出入り口へ向かうために。
ローラントさんが行方を眩ませている間に、手料理を覚えたんだよ。それに、回復魔法が使えない事は知らなかったじゃないか。何でも知っている訳じゃない。
「回復魔法は使えるんだよ。何の為にこの国が、大昔にエルフの国と争っていたと思っている。回復魔法の使い手を確保するためだ。歴代の王族と、一部の重臣達が利益を得る為にな」
回復魔法を使えるエルフを攫って、無理矢理魔法を使わせていたっていうのか。
「大昔はそうだ。エルフ族と停戦した後は、どうしたら自分達も回復魔法を使えるようになるのかという研究が推奨された。エルフ族と再び戦争にならないように考えた結果が、人族とエルフ族との混血だ。王家は臣民に人族至上主義を吹き込んで扇動する傍ら、自分達はエルフ族と定期的に交流して子を成して来たんだ。人族至上主義を広めたのは民間人のエルフ族との混血を回避させ、回復魔導師を無暗に増やさない為だ。そしてそれが、アプリが産まれた理由だ。エルフの特徴を持って産まれたアプリは俺が何もしなくとも、一部の連中がいずれ手を出したはずだ」
そりゃあまた随分と気の遠くなる話だ。たまたま、アプリちゃんがその素質を持って産まれただけだろ。いつになったら回復魔法を使える子が産まれるかなんてわからないのに。
「エルフの特徴を持った子が産まれるまで、何度も何度も産むんだよ。今回は2人目で産まれたが、先代の回復魔導師は7人目の子だったそうだ」
俺が思っている通りだと、混血の王様と混血の王妃様からエルフの特徴を持った子供が産まれる確率は4分の1。7回目で初めて産まれる確率は、ええっと、もの凄く低いはずだな。
それに、素質を持って産まれた子が全員回復魔法を習得出来るとも思えない。アプリちゃんが回復魔法を使えなくても問題無いだろ。
「色々なやり方を使って無理矢理習得させるんだ。昔は目の前で何人もの人を殺したり、その子や大切な家族を痛めつけて何度も瀕死の状態にしたりなんかしていたらしい。それで子供が死んだら意味ないのにな。俺はそんなことはしない。魔導具を使って、少しずつアプリの魔力を高めていたんだ。それなのに、草木魔法を教えるなんて余計な事をしやがって。折角アプリに溜め込んだ魔力が失われてしまった」
余計な事で悪かったな。
余計な事をするお節介焼きの俺が良い物を見せてやるよ。
ローラントさん達と距離を詰めることなくじわじわと横に移動した結果、俺の足元には瀕死の男性が倒れている。ローラントさん達は入口に近寄っているが、俺の言いつけを守ってじっと動かないアミーラとは逆に距離を詰めてしまっていた。
そこからでも充分見れるだろ。アンタが欲しがっている物はここにあるぞ。
「治癒」
俺は左腕の魔導具を利用して、倒れ伏す男性に回復魔法を唱えた。




