第63話 俺は王子達と遊びに行く
ドーナツを大量に作った日の午後、馬車に乗って王都から出た俺達は予定通り北の休憩所で一泊した。
特にアプリちゃんには変わった様子も無く、馬車内で楽しそうに燥ぎ、休憩所でも俺達とお店巡りを行った。
従者や護衛の方々、更に休憩所にある邸宅を管理している人々にアプリちゃんが振る舞ったドーナツは好評で、マルティナ様もアプリちゃんの初手料理を大事そうに味わいながら食していた。
何もなかったな。
ドーナツが入ったバスケットを持ってアプリちゃんが何処かに行こうとするかと思ったんだが。ここじゃなかったのかな。
翌日のザフトでもアプリちゃんに代わった動きは無かった。
ザフトに着いた午後、街中を散策する時も常にロミルダと一緒に行動し、護衛もずっとアプリちゃんに引っ付いて居場所を確認出来ていたようだ。
ここでもないか。
後は男爵家の村だが、さすがにそれは無いかな。帰路も同じ経路を通って帰る予定だからそっちの方が可能性はある。
まだまだ気は抜けないと王子と話し合って、次の日の朝、俺達はザフトを後にした。
男爵家の村では姉さんやエステルさんが俺達の到着を待っていた。両手に持ったドーナツに齧り付きながら。
「美味しかったからこっちでもアンナに作ってもらったの。アプリちゃん達もどうぞ、食感が残る程度に潰した枝豆を混ぜた変わり種も美味しいよ」
食べ物を口に含みながら喋るのは行儀悪いよ。
うん、美味い。あ、姉さんもエステルさんも手伝ったんだね。
父さんが涙を流して喜んでいた?
娘の手料理を食べて喜んでいたと。泣き出すのは大げさな気もするけど、嬉しくなる気持ちは解るよ。俺もカエデ達の手料理を食べたら涙を流すかもしれない。
うちの父親の話を聞いたアプリちゃんがもぞもぞとして何かを言いたそうにしていた。
「父様も私が作ったドーナツを食べたら、喜んでくれるかな」
どうしたのかと聞いてみると、アプリちゃんは自分の父親の愛情に対する不安を吐露する。
絶対に喜ぶよと王子が太鼓判を押す。それでも不安な色を隠さないアプリちゃんに皆で声を掛ける。
皆の励ましも有って何とか笑顔を取り戻したアプリちゃんに、姉さんがドーナツを1つ手渡す。
「こんなに美味しいドーナツを嫌いな人はいないよ。もし嫌いでも、別の物でもう一回挑戦したらいいんだよ。ご飯を食べない人はいないんだから、きっと何か好きな物を見つけられるよ」
姉さんが割とまともな意見を述べている。お姉さんぶりたい年頃なんだろうか。アプリちゃんがその言葉に感動しているみたいだから、俺からは特に何も言わないけど。
アプリちゃんは村への滞在中、3つの事を行った。
先ずはドーナツ作りの練習。王都に帰ったら王様にプレゼントするんだと意気込んでいる。作られたドーナツはマルティナ様と王子が喜んで胃袋へ治めていた。
それから、温室の管理を手伝った。
王城内の温室でもマリーの指導通りに花を育てているから植物の手入れはある程度慣れている。
大事な薬草群にはまだ触らせてもらえなかったようだが、ロミルダが管理している薬草や、お城でも使っているお香の世話をしたらしい。
最後に、エステルさんから草木魔法のコツを教わっていた。
コツと言ってもエステルさんの魔法を見学しているだけだったが、エルフが使う本格的な草木魔法をアプリちゃんは目を輝かせて観察していた。
俺はその間に別行動をしていた。
その中の1つは、アミーラに最近の村の様子を聞く事だった。
『特に変わったことは無いぞ。違和感も美味そうな匂いも何もない。ロジーと楽しく生活している』
そうか、それならいいんだ。
『その表情、何か面白そうな事が始まるのか?』
何もないよ。アミーラは村でゆっくりしていてくれ。
野生の勘というのか、何となくで鋭い指摘をアミーラがして来る。アミーラの力を借りるのも良いかもしれないが、こっちの意のままに動かない可能性があるからな。ここは大人しくしていてもらおう。
村から出て王都への帰り道。アプリちゃんが大事そうに抱えているバスケットには、往路と同じようにドーナツが詰め込まれている。
ドーナツは食べないのかと聞くと、うん、また後で、とはぐらかされる。
王子も少しピリピリとした空気を出して黙っている。そろそろアプリちゃんが動き出すんじゃないかと王子も考えているんだろう。だが、場の雰囲気を乱すから止めて欲しい。いきなり黙るとアプリちゃんが不振がるからな。
そしてザフトの街で過ごした夜。
アプリちゃんはバスケットを持って寝所から居なくなっていた。




