第62話 俺は遊びに行く準備をする
王子達と王都を出て遊びに行く日程が11月8日に決まった。
遊びに行くのは王都北の休憩所、ザフトの街、男爵家の村の3か所。この3か所はアプリちゃんの希望によって決定された。
この中にアプリちゃんの行きたい場所が有るんだろうか。それとも移動中?
今回は船を使わずに馬車移動だ。王都から村へ行くだけなら高速艇を使うが、今回は別の所へも向かうから馬車を使用する。
道順で言うと王都から北に延びる街道沿いに休憩所が有り、さら北へ馬車で半日進むとザフトに到着する。そしてザフトから東に半日進むと男爵家の村に着く。
因みにザフトへ寄り道せずに重力魔法を用いた高速馬車を使用すると、村と王都との間は半日で移動可能だ。
船上での途中下車は難しいが、馬車ならいつでも止められる。その辺りも注意しないといけない。
「ではゲオルグさん達も一緒に移動するということでお願いします。それともうひとつ、8日の午前中はアプリと一緒にドーナツを作ってあげてください。どうしても作って持って行きたいと聞かなくて」
それって、ローラントさんに食べさせたいととかそういう事なのかな。
「そこまでは明言していません。移動中の馬車の中でも食べたいから、と」
ふ~ん。まあ何か思惑が有ったとしてもぽろっと喋ったりしないか。
ドーナツの作り方はアンナさんが教えてくれると思うけど、多めの油で揚げるから危ないよ?
「ローラントさんが居なくなって奮起したのか、草木魔法を使用出来て自信になったのか分かりませんが、アプリは最近自分で出来る事を少しずつ増やしていってるんですよ。今まで何をやるにも誰かに頼っていることが多かったんです。その中で家事にも興味があるようですが、流石にお城の厨房では何もさせてもらえません。そこでドーナツに目を付けたんでしょう。少しだけでも調理に携われれば満足すると思うのでよろしくお願いします」
それなら小麦粉を捏ねたり、ドーナツの形に成形する作業を手伝ってもらって、油を使う時は距離を置いて見学してもらおうか。
「自分で色々やるようになってアプリは少し活動的になりました。ずっと僕の後ろにくっ付いていた甘えん坊のアプリが居なくなって、僕は少し寂しいんですけど」
ははは、兄バカめ。妹はいずれ結婚して王子の近くから離れていくんだぞ。今のうちに寂しさに慣れておかないと後々面倒な事になるぞ。
「わかってますよ。解ってますが、もう少し可愛がりたいじゃないですか。ゲオルグさんもカエデちゃんとサクラちゃんが離れていく時にきっと寂しくなりますよ」
そんなことはもう知ってる。
妹とのお別れは前世で経験済みだ。
だから、どんなに寂しいか、どれほど悲しいかは知っているつもりだ。
「それではこれからドーナツを作ります。まずは手を綺麗に洗いましょう」
11月8日、姉さん達の送迎が終わって戻って来たアンナさんの号令によって子供達が一斉に手を洗う。ニコルさんの診療所で販売している石鹸を利用して爪の間まで隅々を綺麗に洗い流す。
ドーナツを作り終わったら、俺達はそのまま馬車に乗って王都を出る。
今日は休憩所にあるプフラオメ王子の邸宅に泊まり、明日はザフト、明後日は男爵家の村だ。
父さんにも話してある。ジークさんと団員数人を護衛に付けてくれた。
王子側はマルティナ様と従者護衛も参加するから、子供達が乗る馬車とそれ以外で2台に分かれて移動する。
「ゲオルグ様、手が止まってますよ。しっかり作業をして下さい」
はい、すみません。アンナさんに注意された俺は、ボールの中の生地を木べらで切るように混ぜる。
アプリちゃんはロミルダに補助されて一生懸命作業をしている。小麦粉をコネコネするのが楽しいらしい。
プフラオメ王子はマリーと一緒に。アプリちゃん達はしっかりと生地を捏ねる作り方、王子達は捏ねない作り方で、それぞれ味の違いを比べる事になっている。
楽しそうに会話しながらやっている彼らの横で、俺は1人、ボールと向き合っている。なんとなく寂しい。
「ゲオルグ様は生地に人参を混ぜた物と南瓜を混ぜた物を作ってもらいますからね。手を休めている暇は無いですよ」
俺の調理スペースには柔らかく蒸し煮にされた人参と南瓜が有る。アンナさんが姉さんの送り迎えに出発する前に指示されて作った物だ。
俺は1人で、皆とは少し違った野菜ドーナツを作る事になっている。なぜだ。
「市場にほうれん草があったのでこれも利用します。アリー様達も学校終わりに食べるんだと楽しみにしていましたから、いっぱい作ってくださいね」
まったく反論が許されない状況で、俺は一生懸命手を動かした。
フライヤーを3台使って、業者かよって言いたくなるほどドーナツを揚げた。しばらく俺はドーナツを見たくないかな。




