第60話 俺はアプリちゃんの頑張りを称える
カエデ達の誕生日を盛大に祝った3日後。再び父さんが城から情報を持ち帰った。
ライネン侯爵とマルティナ様の護衛がローラントさんの遺体と面会し、本人だと断定した。
2人はローラントさんが身に付けていた物を数点王城内に持ち込み、マルティナ様がそれを見てローラントさんの私物であると確認した。
別人であって欲しいという俺の願いは届かなかった。
死者を悼む気持ちより、この訃報をアプリちゃんはどう思うだろうかと、そればかりが気になってしまう。
遺体は侯爵の手によって故郷に運ばれ、荼毘に付されることになる。故郷の侯爵領はボーデンから少し南に行ったところにあるそうだ。麻や木綿の栽培が盛んなところで、そろそろ綿花の収穫時期じゃないかと父さんが言っていた。
ローラントさんの実年齢は知らないが、見た目の印象では20代前半の男性だったはずだ。ご両親もやりきれないだろう。
奥さんやお子さんは居たんだろうか。
侯爵家は兄弟が継ぐから大丈夫だろうと父さんが言っていたな。
今、父さんが死んだら、うちはどうなるのかな。男爵家は姉さんが継ぐのかな。それとも母さんかも。もし爵位が剥奪されてしまったら、領地は誰が。
夜遅くまで悶々と考えていたが、当然答えは出なかった。
翌朝、自分では出なかった答えをそれとなく父さんに聞いてみた。
「爵位を持っていない者が何か大きな功績を残すと、男爵位となり領地経営を任せられることで労に報いる事がある。我が男爵家も戦時の功績で陞爵したのは知ってるよな。しかし戦時じゃなくても功績を上げて男爵になりたいと思っている人は大勢いる。戦争で領地を勝ち取った後なら任せる土地は増えるが、そうじゃない時はどうするか。既存の男爵家の中からたいした功績が無い者と交代するんだ。もちろん、うちも対象だぞ。俺が死んだら、恐らく他の誰かが新しく男爵家を立てるだろうな。俺が死ぬまでにゲオルグが立派に成長していたら爵位を譲ることも出来るが、国王からの承認が必要になる。愚鈍な息子だったら剥奪されることもある。公爵家や辺境伯家なんかと違って、当主が死んだら自動的に息子へ爵位が移動するってわけじゃないんだ。まあうちはリリーの戦時功績も十分あるから、多分リリーが男爵位を譲り受けるんじゃないかな」
話しが長すぎて寝不足の頭では理解出来ない。つまり、父さんが死んだら母さんが男爵家を継ぐのかな。
「だからといって、今から功名を得る為に派手に活躍しろと言ってる訳じゃないぞ。子供は子供らしく遊んで勉強しなさい。学校を卒業したらもう俺もとやかく言わないから」
はーい。いっぱい遊びます。その前に、出来ればいっぱい眠りたい。
アプリちゃんの様子がおかしい。
そう俺にプフラオメ王子が話してくれたのは、11月に入ったばかりの少し肌寒くなった頃だった。
ローラントさんの死去はマルティナ様の口からアプリちゃんにも伝えられた。それは2人が身柄の確認に行って帰って来た日。俺がその日の夜に眠れなかったのと同じようにアプリちゃんも眠れなかったらしい。いや、同じではないか。ずっと一緒に居た人が亡くなったんだ。俺よりも深い悲しみがあったに違いない。
だがアプリちゃんは気丈にも、その日と次の日は暗い顔をしていたが、その後はいつも通りに生活していたそうだ。
しかし、先月終わり辺りからどことなくソワソワしていて、明らかに何かを隠している。プフラオメ王子が聞いても、マルティナ様が聞いても、何もしゃべってくれないらしい。
態々我が家にやって来てそんなことを言われても困るんだが、それを知って俺にどうしろと?
「今度アプリを連れて草木魔法を披露しに来るので、その時にでも話を聞いてみてもらえませんか?家族には言えないことでも、友達になら話してくれるかもしれません」
それなら俺じゃなくて女の子同士の方がいいだろう。
姉さんは、ちょっとそう言う気遣いには向かないだろうな。
マリーと、あとロミルダに頼もうか。草木魔法を頑張って修得したロミルダならアプリちゃんの話し相手になってくれるだろう。日にちを指定してくれたらそれに合わせてロミルダをこっちに呼ぶよ。
「では、そうしましょう。僕の思い過ごしで、大した話では無いといいんですが」
まあ、アプリちゃんも秘密の1つや2つくらいあるだろうよ。
なんだっけ、女は秘密によって女になる、だっけ。
「まだアプリは6歳になったところですよ。そう言う話はまだ早いです」
はいはい、兄バカ兄バカ。
「では、いきます」
小さな手に植物の種を握り締めていたアプリちゃんが、我が家の花壇に種を植える。
地面に両手を付いて、ゆっくりと深呼吸をしながら、植えた種に地面を介して魔力を送り込む。
えいっ、というアプリちゃんの掛け声と共に、植えた種がゆっくりと起き上がって土中から脱出し、子葉を大きく広げて日光と空気を全身で取り込もうとする。
アプリちゃんは更に魔力を注ぎ続ける。
植物はアプリちゃんの魔力に応え、大空に向かって真っ直ぐ茎を伸ばしていたが、小さな蕾を1つ付けた所で動きを止めてしまった。
「今のところは此処までです。でも、この状態で明日まで育てたら綺麗な花が咲くんですよ」
魔力を注ぎ過ぎてふらついて、王子に肩を借りたアプリちゃんが少し悔しそうな表情を見せる。
俺達は盛大な拍手でアプリちゃんを出迎えた。
周りから見たら中途半端な草木魔法かも知れないが、まったく魔法が使えなかったアプリちゃんが全力を出した結果だ。
それを知っている人達は誰もアプリちゃんに否定的な表情を向けていない。皆の表情を見て、アプリちゃんも漸く安堵の顔を見せてくれた。
羨ましい。これまで魔法が使えず嫌な思いをしてきたアプリちゃんは、これからどんどん草木魔法に習熟していくだろう。そして火魔法、土魔法と、次々と新しい魔法を覚えていくんだ。
本当に、羨ましい。
俺も、俺もいつか、魔法を使いたい。




