第56話 俺は魔石を食べさせる
アミーラが言う美味そうな匂いの正体は、闇魔法の魔導具かもしれない。
ということで、闇魔法のドワーフ言語を刻んだ魔石を作ってみた。
マリーと話し合った後すぐに言語の構成を考え、深夜遅くまで闇魔法の言語を魔石に刻み込んだ。魔石は倉庫に保管されていたピンポン玉程度の大きさの物。水筒を作る時などに使用する魔石だ。
言語を刻んだ魔石に魔力を少しだけ注入して起動させると、後は勝手に周囲の魔力を一定量吸収して蓄える仕様だ。空気中からも、生物からも。
普段使っている魔導具には自動で空気中の魔力を吸収する仕様を取り入れている物もあるが、そこら辺を細かく設定出来るほど上質な魔石は倉庫に余っていなかった。
一定量の魔力を蓄えると魔法は停止する。この魔石は吸収して蓄えるだけ。
この魔石を有効活用するには、別の魔石と接続させて蓄えた魔力を取り出す機構を作る必要がある。
でも小さな魔石に少しの魔力しか蓄えられないから、魔力貯蔵タンクとしても中途半端な物だ。
中途半端な物だからこそアミーラに食べさせられるんだけどな。
よし、アミーラ。食べていいぞ。
『いらんぞ』
家屋の屋根の上で登って行く日の光を浴びながら寛いだアミーラは、上から魔石をちらっと見ただけでそっぽを向く。
まあまあ、そう遠慮せずに。
『その魔石を見ても特に胸騒ぎはしないし、食欲をそそるような匂いも漂ってこない。だから、遠慮じゃなくてまったく興味が無いんだけなんだぞ。それに先程ロジーと一緒に美味い肉を食ったからお腹も空いてない』
えええ、せっかく作ったのに。しかも大盤振る舞いで3つも。
ほら、一口齧ってみなよ。食べると美味しいかもよ。
『そんなすっかすかな魔石を食うぐらいなら、そこらへんに生っている実を齧った方がよっぽど美味いんだぞ』
お前、畑に実っている野菜に手を付けたら村から追い出されるからな。絶対に止めろよ。
「すかすかだと言うのなら、少し魔力を込めてみましょうか」
マリーが魔石の1つを手に取り、魔力を注いで魔石を起動させる。マリーの魔力によって眠りから覚めた魔石は周囲の魔力を吸収して青白く光り出す。マリーは既に魔石から手を離していて、無駄に自分の魔力を吸われることを避けている。
いつの間にか屋根から飛び降りていたアミーラは、青く光る魔石をじっと見つめていた。
輝きが収まった魔石の中心部は他の2つと違い、うっすらと青く濁っている。これが最大量にまで魔力を蓄えた時の合図だ。
アミーラがその魔石に向かって右手を伸ばす。
ちょんと魔石を触って、腕を引っ込める。
もしかして、少し興味が出て来たかな?
もう一度、もう一度と慎重に腕を伸ばして魔石を触る。急に動き出さないかと心配しているようだ。
動かないのを確認したアミーラは、鼻を近づけてクンクンと魔石の匂いを嗅いでいる。
魔力が蓄えられる前と全然違う反応だ。もし齧ってみたかったら齧っても良いんだぞ。その為に用意したんだから。
好きにしていいぞと声を掛けようとした時、ぐわっと大きく口を開けたアミーラが、魔力の籠った魔石を一口で飲み込んだ。
喉が一瞬大きく膨らんだ後、アミーラは無理矢理魔石を胃へと流し込んだ。
嚥下を終えたアミーラは悪くないと一言発して他の物も食えるようにしろと要求する。
『けちけちせずに全部食わせろ』
いや、食べていいんだけど、丸呑みするとは思わなかったから、少し唖然としてしまった。
マリーに頼んで残りの2つの魔石も起動してもらったら、今度は躊躇せずアミーラは次々と飲み込んで行った。
丸呑みは何度見ても心臓に悪い。良く喉に詰まらないな。
『まあ小さな物だったからな。口に入る大きさならいつも丸呑みしてるぞ。ゲオルグもやってみるといい』
なぜそこまで自慢げなのか解らんが、人間はそんな事出来ない。丸呑みして喉に詰まらせたら死ぬんだぞ。頼むからロジーちゃんに変な事を教えるなよ。
で、どうなんだ?
今食べた物はアミーラが興奮する原因になった匂いと同じ物か?
『う~ん。同じようだけど同じじゃない、かな。胸騒ぎがする程の物では無かったし、匂いも比べ物にならない程僅かだった。例えて言うなら、今の物が小鳥の雛で、この前逃がした時の物が長年生きたドラゴンって感じだぞ』
それって全く違う存在だろ。例えになってるのか?
「同じ飛行する生き物同士ですが、込められている力が違うという事でしょうか。作られてから経過した年月で違いが出るという事を示唆しているのかもしれません」
『ああ、そんな感じだぞ。ゲオルグとは違ってマリーは賢いな』
はいはい、理解出来なくてすみませんでしたね。
しかしこれで闇魔法に関係する魔導具をローラントが持っていた可能性は高まった。だが、これはマルティナ様に話すべきか悩むな。
「マルティナ様と男爵には話しておいた方が良いかと思います。アプリコーゼ様に何かしていたのかも、という想像は話さない方が良いと思いますが」
そうだな。賢いマリーの意見を取り入れて早速2人に話しに行こう。




