第51話 俺はアミーラの行動を制止する
宿屋から飛び出して行った男性とアミーラを追いかけて、俺とマリーも宿を出る。
それ程時間も掛からず路上に出たが、既に見渡せる範囲には男性とアミーラの姿が無かった。
『こっちだ、上がって来い』
アミーラの声に導かれ、俺はマリーの飛行魔法で宿の屋根まで浮き上がった。
『逃げた奴はあそこだ。飛行魔法で飛び去って行った。まだ私の攻撃範囲内だから、撃ち落とす準備をしているところだ』
アミーラが顔を向けている方角、北の空に人の姿が見える。割と高速で飛行しているようで、その姿はぐんぐんと小さくなっていく。王妃様を補佐する役割を放棄して、いったいどこまでアミーラから逃げるんだよ。
『では攻撃する。少し下がってろ。近付き過ぎると魔法発動の余波で痺れるぞ』
持ち上げられたアミーラの尻尾から青白い火花が発生。その数が次々と増えて行き、音と光が周囲を覆い始める。
ちょ、ちょっと待って。王妃様の従者を攻撃するのは不味いから。
『今あいつを見逃して、後で後悔してもしらないぞ』
なんで後悔するんだよ。撃ち落として死なせてしまう方がダメだろ。
いま何か問題を起こすとまた謹慎を言い渡される。
今度は年単位で謹慎になるかもしれない。
今度はグリューンで謹慎することになるかもしれない。
カエデ達の誕生日も近づいて来ているのに、それじゃあ困るんだよ。
アミーラに一番良い肉を食べさせるようユリアーナさんにお願いしておくから、その危険な攻撃魔法は止めてくれ。
『そこまで言うのなら見逃してやろう。にゃっはっは。夕食を楽しみにしているぞ』
肉に反応したアミーラは尻尾をぶんぶんと振っている。その尻尾からは既に雷撃魔法は消え失せていた。
ほっ。これで謹慎の危険はなくなったな。ユリアーナさんには申し訳ないが美味しい肉を用意してもらおう。
飛んで行った人はもうほとんど見えなくなるほどに遠くへ行っている。そこまで逃げなくてもいいのではと思うが。
「ゲオルグ様、下が騒がしくなっています。事情を説明する為に降りた方が良いでしょうね」
謹慎の危機が去って安堵している俺に、マリーが次の仕事を持ってくる。
マリーに倣って宿の屋根から見下ろすと、マルティナ様も含めて複数の人物が宿の玄関前で屯している。
宿から飛び出て行ってしまった人を探しているんだろう。もう既に空の向こうまで行ってしまった事を俺が伝えないといけないのか。
よし、取り敢えず事実を伝えて謝ろう。特に何もしてないんだから怒られることは無いよね。
アミーラがその人を撃ち落とそうとまでしたことは、黙っておこうかな。
アミーラも一緒に下へ降りようと声を掛けたが、面倒くさいのと眠いのとで何処かへ行ってしまった。
暫く眠ったらまだ少し残っている胸騒ぎの正体を探しに行くと言っていたが、その時は手伝わないからな。
またよろしく頼むぞって猫なで声で言われても、手伝わないんだからな。
マリーに抱えられて路上に降りた俺は、集まっている人々に事情を説明した。
アミーラが違和感を感じると言うから一緒に村内を散策して宿に辿り着いた事。
宿から美味そうな匂いがすると言って中に入った事。
食堂内で談笑していた人がアミーラに驚いて外に駆け出して行った事。
そしてその人は北方面に向かって飛んで行ってしまい、もう見えなくなってしまった事を伝えた。
特に先程食堂には居なかったマルティナ様には謝罪と共になるべく詳しく事情を説明した。
「そうですか、ローラントが居なくなってしまいましたか。それは困りましたね」
すみません。まさかあそこまで猫嫌いだったとは。それを知っていたら、アミーラには暫くロジーちゃんと家の中で大人しくしてもらっていたんですけど。
「う~ん。ローランドは長年仕えていましたが、猫が嫌いだとは私も知りませんでした。3日間はこの村に滞在すると伝えてあるので、落ち着いたら帰って来るでしょう。ですから、そこまで頭を下げなくても大丈夫ですよ」
優しい言葉を掛けて下さり、ありがとうございます。戻って来たらアミーラを隔離するので教えて下さい。
「ゲオルグ様、アンナさんに抱えられてニコルさんが到着したらしいですよ。そのまま診療所に向かったと、王都まで呼びに行ってもらった団員さんが教えてくれました」
俺がマルティナ様に報告している間、邪魔をしないよう声を掛けずに待っていた団員からマリーが話を聞いたそうだ。
しまった。ニコルさんの事をすっかり忘れてた。
イゾルデ先生がアプリちゃんに薬を飲ませたんだから、今日は来なくても良いともう一度使いの人を出せばよかった。
失敗した。薬を飲ませてやることが無いのなら呼ぶんじゃないよって絶対怒ってるよ。
行きたくないんだけど、俺もこれから診療所に行かなきゃダメ?
「ダメでしょうね。呼びつけたのはゲオルグ様ですから」
ですよね。逃げ隠れしたら更に怒りポイントを積み重ねそうだし。
じゃあマルティナ様、俺達はこれで失礼します。ローラントさんが帰って来たら教えてくださいね。
俺はもう一度マルティナ様に頭を下げ、重たい足取りで診療所へと向かった。




