第48話 俺は暫く村に引き籠る
9月の中旬。王都の南方伯邸に南方伯第二夫人とその息子が引っ越してきた。
引っ越してきた第二夫人は、どうやら男爵邸にまでやって来て引っ越しのご挨拶をしたらしい。
向こう三軒両隣の距離じゃないんだけどな。
夫人自ら態々我が家にやって来る理由は何だろうね。
「さあ、なんでしょうね。玄関でリリー様と談笑しただけで帰って行きましたけど。お子さんが夏前に1歳を迎えたそうで、カエデ様達と一緒に学校に通うのが楽しみだとか言ってましたね」
姉さんを王都から送って来たアンナさんがそう答えた。
そんな世間話をする為に立ち寄ったとは思えないけどな。
「どうでしょうね。何か意図が有ったのかもしれませんが、特に何も仰らなかったので。後は、手土産にご出身の侯爵領で作っていると言う絹の布を頂いたくらいですかね。こちらからはお香をお返しに渡しましたが」
母さんは何か言ってた?
「お子さんが病に臥せった時は良いお医者さんを紹介しますよ、と」
いやそうじゃなくて、第二夫人について。
「美人で若い奥様だったねと仰ってました。ゲオルグ様は南方伯夫人が何かするかもとお考えですか?」
うん。ローザ様の体調が回復したのは男爵家に接触してからだと言うのは、きっともう南方伯家の耳には入っているはずだ。うちの村に引っ越して来たのも知っているだろう。だから、態々男爵家に接触して来たんじゃないかな。ローザ様達の様子を探るために。
「夫人の真意は推測することしか出来ませんが、そう考える事も出来るでしょうね。でもリリー様がお子さんの事を心配して医者を紹介すると言った気持ちは解ります。1歳の子供に罪は有りませんからね。夫人を疑わずに優しく受け入れたリリー様に不満を言ってはダメですよ」
そんなことはしない。
うん、絶対しないよ。子供は大切な存在だからね。
「そうですね。母親は皆子供の事を一番に考える物です。だからゲオルグ様も大人しくしておいてくださいね。またすぐに謹慎になってリリー様に心配を掛けないように」
大丈夫、カエデ達の誕生日までは村から離れる気は無いからね。
誰かが村にちょっかいを掛けて来ない限り、俺が何かの事件に首を突っ込むことは無いよ。
「ではそのようにリリー様に伝えておきますね。くれぐれも自身の行動には注意してください」
アンナさんに夫人を疑うようなことを言ったからか、随分と念押しして来るな。
俺ってそんなに信用無いかな?
マリーはなんでそこで笑うのかな?
アンナさんの期待に応えて、俺は村で大人しく9月を過ごした。
笑ったマリーを見返したかったっていうのもある。
子供達と一緒に訓練し、勉強し、温室の手伝いなどをして、夕方は姉さんとアミーラの対戦を見学する。おおよそ1日の流れはこんなもんだ。
偶に故障した魔導具の修理なんかも行ったが、そんなものはすぐに終わる。魔石もアンナさんに買って来てもらって王都には行かなかった。まあ、村で大人しくしていますよっていうパフォーマンスだけどね。
その他には10月に誕生日を迎えるカエデ達の為に絵本の制作を行った。
制作前に父さんにもきちんと話をしたから、お金の件は問題無い。誕生祭を迎えた家族の絵を描く為に、画家のクレメンスさんも村に居る。
しかし、今年も父さんからのダメ出しが入ったから題材に悩んだ。お姫様物は全て没だからな。
そこで今回はヨーロッパの童話、寓話から2つ選んだ。
アヒルの子が白鳥になる話と、肉を銜えた犬が水面に映った自分に向かって吠える話だ。
「なるほど。どちらも見た目だけで判断してはいけないという教訓を与える物だな。カエデ達の教育に役に立つ話は大歓迎だぞ」
父さんは上機嫌で2つの絵本を作る許可をくれた。最後に、俺と父さんの2人からのプレゼントという事にしような、と言葉を添えて。
10月頭、クレメンスさんに依頼した絵本の挿絵がそろそろ完成するかなといった日の日中。
昼食を食べていると、村周辺の見回りを担当している団員が慌てた様子で男爵邸に入って来た。
村に向かって馬車の群れが向かって来ていると報告する為だった。まだ村の警戒範囲内には入っていないが、侵入したら別の団員が馬車に接触して目的を聞く予定だ。
我が男爵家の輸送部隊でもなければ、村で商店を開いている方々の馬車でもないらしい。その人達には警戒されないよう目印の旗を立ててもらっているからな。
最近村への人の出入りは高速船に頼りっぱなしで、馬車は荷物を運ぶためにしか使っていない。
娯楽や買い物を楽しむにしても、基本的には王都へ行くのが一番だからな。王都へ行くなら高速船を使うのが一番手っ取り早い。
高速船以外で村に人が来るのは、移住者達しか居なかった。もしかして移住者か、それとも南方伯関係の誰かか?
村で何か悪さをしようとしている人達じゃないだろうな。
何て事を考えながら次の報告を待っていると、それほど時間が経たずに別の団員が男爵邸へ報告に来た。
その報告を聞いた俺は、久しぶりに会える友達の事を思い出して、緊張していた頬が緩んでしまった。
「第三王子と妹君、更に第三妃が馬車で村に向かっています」




