第42話 俺は不思議な生き物に出会う
南方の情報を集めて来た団員の話を会議室で聞いていると、引っ越しの荷物と共にローザリンデ様達が戻って来たとの報告が来た。
「ゲオルグ、ローザリンデ様だけ此処に来るよう伝えて来てくれ。お前はそのまま引っ越しの荷解きでも手伝って来なさい」
会議室の最後列に隠れている俺に向かって父さんが指示を出す。
俺が隠れているのに気付いていたけど、どうやら見逃してくれていたらしい。
「話の途中で何度も身を乗り出していたくせに、隠れているつもりだったのか?」
はい、隠れているつもりでした。ではローザ様を呼んできます。
「素直でよろしい。此処で聞いた内容は話さないように。ローザ様にもダメだぞ」
はい、誰にも喋りません。引っ越しの手伝いに行って来ます。
俺は父さんの指示に素直に従い、会議室を出て行った。こっそりマリーには残ってもらっている。
ローザ様達は新しい住居に馬車を横付けして荷卸しを開始したところだった。
「ローザ様お帰りなさい。また随分と沢山荷物が有りますね」
馬車の中を覗くと箪笥に机に大きな姿見にと沢山の物が所狭しと並んでいた。
そんな中で一番驚いたものは、僅かに残った小さなスペースに座っているロジーちゃんが、大事そうに抱えている真っ白な短毛の猫だった。
右目が青色、左目が黄色のオッドアイ。すらりとした体型で大人サイズの猫が全く抵抗することなくロジーちゃんの腕の中で丸まっている。
余りにも大人しくじっとして居るから最初はぬいぐるみだと思った。近寄った時に急に動き出したから、つい声を出して驚いてしまった。
驚いた俺を優しくスルーして、ローザ様が猫の事を話してくれた。
「最近庭に住みついた猫なんですよ。食べ物を与えていたロジーに懐いていたんですが、いつのまにかこっそりと馬車に乗り込んでいたみたいで。新しい家で一緒に暮らしても大丈夫でしょうか?」
猫かぁ。
猫は俺も好きだけど、家の中で爪とぎするからなぁ。
後は鳴き声が周囲の家の迷惑になるかも知れないし、俺1人では判断出来ないかな。
『私は無駄に鳴くこともしないし、やるなと言うなら爪とぎも控える。その代わり、爪とぎの場所を新しく用意して欲しいぞ』
そうは言っても発情期になったら本能で鳴いちゃうでしょ?
『むっ。まあそれは、何とも言えんが。イケメンの子を斡旋してくれれば相手を求めて鳴く必要は無くなるぞ』
イケメンって。
猫目線のイケメンって分からないんだけど。ロシアンブルーなんかはイケメンかい?
「ゲオルグさん、もしかしてこの子と喋ってるの?」
イケメンな猫について悩む俺に、ロジーちゃんが目を輝かせて疑問を口にした。
へ?
俺、猫と喋ってた?
『猫では有るが猫では無い。特別に魔力が高い猫だ。アミーラと呼んでくれ、母から貰った大事な名前だ。君達人間の言葉は話せないが、魔力を豊富に持つ人間とは意志疎通出来るぞ』
ええっと。つまり猫型の魔物か?
わかった。とりあえず俺の用事を終わらせてからゆっくり事情を聞こうか。
俺はローザ様に用件を伝え、会議室に行ってもらった。
それから新居がペット飼育可能な物件かどうか、父さんに確認を取ってもらう事もお願いした。
『ペット扱いは心外だぞ』
ロジーちゃんに抱かれて大人しくしている姿は紛れもなくペットだぞ。
『この娘は私に美味い食べ物をくれるから、そのお礼として触らせてやっているのだ。魔物としての矜恃を忘れた訳ではないんだぞ」
ああそうですか。そうやってロジーちゃんに喉元を撫でられながら言われても、全く説得力無いけどな。
ロジーちゃん、アミーラがいつも美味しい食べ物を食べさせてくれてありがとうって。
あ、アミーラってのはこの子の名前ね。
「そうなんだ。今まで別の名前で呼んでてごめんね。これからはアミーラって呼ぶね」
『うむ。だがロミーと言う名も悪くなかったぞ。もし娘が産まれたらロミーと名付けようと思っている』
ロミーって言うのはロジーちゃんが名付けた名前なのかな?
その名前も気に入ってるみたいで、アミーラに娘が産まれたらロミーって名付けるってさ。
「一生懸命考えた名前だからよかった。アミーラの子供、早く生まれるといいね」
『だそうだ。出来るだけ早くイケメンの猫を探して来て欲しいぞ』
はいはい。
俺は猫型の魔物と始めて遭遇したんだけど、魔物じゃない猫でも夫婦になれるのかな。
『さあ、私も夫を持ったことが無いからな。子がどうやって出来るかも知らないぞ』
だったら探してもダメじゃないか。まあ探す当てもないんだけどな。ボーデンでは野良猫を見かけたけど、王都では見た事が無かったし。ボーデンには行きたくないし。
『王都と言うと此処に来る前に私が居たところだな。あそこはダメだ。歩いているだけで追い払われるか、捕まえられそうになる。私達には住み辛い所だぞ』
へえ、猫は王都に住めないのか。じゃあアミーラは王都に来る前はどこに居たんだ?
『何処と言われても困るが、此処よりもっと暑い所にある岩山が私の住居だった。生まれ育ったところはまた違う所だけどな。で、其処の山に面倒な魔物が棲みついてな。縄張り争いをする気にもなれん暴れん坊だったから山を下りた。それから色々な山や森、人が住むところを渡り歩いた結果、この子の家を一時的な住まいと決めたんだぞ。あくまで、一時的、だぞ』
わかったわかった。魔物としての矜恃ね。
しかし、ここよりもっと暑い所って事は南?
南方伯の領地か。
もしくはさらに南の国からやって来たのか。
魔物に国境を越えたかどうか聞いても分からないだろうな。
「ちょっとゲオルグ。ロジーと遊んでないで引っ越しの手伝いをしなさいよ。お母様が居なくなった分はゲオルグに働いてもらうんだからね」
馬車の中で猫と会話している俺にローズさんの呼び声が届く。
もうちょっとアミーラと話をしたかったんだが、仕方ない。
俺はアミーラの事をロジーちゃんに任せて、ローズさんの下へと駈けて行った。




