第40話 俺は父さんを出迎える
ローザ様達が王都に戻り、傭兵団員が数人南方に向けて出発した日の夕方、母さんはカエデ達を連れて高速船に乗り込んだ。
俺は母さん達と一緒に王都には帰らず、暫く村に滞在することを決めた。
村に居た方が団員達からの報告を聞く機会が多いかなと思って。
それから暫く村に住むことになったローザ様達を迎える為の準備。
住んでもらう予定の家を掃除したり、家に設置してある魔導具の点検をしたり、ローズさんやロジーちゃんが勉強出来るよう文房具を揃えたり。
経緯はどうあれ村で暮らすのなら快適に暮らしてほしいし、他の子供達と同じように勉強や訓練も受けて欲しいからね。
ローザ様達が村を出発して2日後、お昼を過ぎた辺りで父さんがグリューンから戻って来た。
父さんの第一声は母さんの予想通りの言葉だった。
「ローザ様達は実家の侯爵家に行ってもらう事は出来ないのか?」
俺は事前に母さんとローザ様がそのことについて話した内容をそのまま伝えた。
実家に居場所が無いって言うのも悲しい話だけれど。
「そうか、それならしかたない、か」
そんな苦渋の決断みたいな顔で言われても。
もう引っ越しの準備も進めてるから、今更止められないよ。
「いや、次に南方伯と会った時になんて言い訳しようかと思ってな。南方伯との仲は悪くないと思っていたんだが、これを機に睨まれそうだ」
ローザ様は何も悪くないんだから、別に南方伯に気兼ねすること無いでしょ。
南方伯も王都の屋敷を退去しろって言うだけで、行き場所は指定しなかったんだから。
「そういう時は実家に帰れって言ってるのと同じなの。ゲオルグはもう少し他人の考えを読むことを学んだ方が良いぞ」
いや絶対に父さんが深読みし過ぎてるだけだよ。不必要な忖度をするのはどうかと思うよ。
「お前も大人になって多くの人と色々な関係を持つようになるとよく解るよ。この国で王家の次に力が強いのは公爵家、その次は辺境伯家だ。辺境伯家は他の伯爵家と違って、侯爵家相当の立場だ。しかし侯爵と比べると管理する土地は広いし、国境を護る為に独自の辺境軍を持っている。実質的な力は侯爵家より上だ。そんな辺境伯家の1つと揉めるような事になってみろ。俺の首なんて簡単にこうだぞ」
父さんは右手を自分の首に当て、手刀で首筋を斬り裂く真似をした。
でもこっちには東方伯家が付いてるんだから大丈夫でしょ。東方伯が母さんや姉さん達を見捨てるはずがないよね。
「東方伯には出来るだけ頼りたくない。もう歳なんだからさっさと引退してくれればいいのに。お義兄さんにならもう少し頼ることも出来るんだけどな」
最近仕事も良く一緒にやっているし、カエデ達が産まれた時も2人で酒を呑みかわしていたくせに。なんで大事な時に頼れないんだろうね。
「大事な時だからこそ頼れない時もあるのさ。ところで、南に行った団員達からの報告はまだ来てないか?」
まだ来てないね。動き出してからまだ2日しか経ってないんだからまだ何も調べられてないでしょ。
「南の国境までは馬車で行けば6日はかかるが、本気を出せば半日で飛んで行ける。国境が騒がしくなっていないかどうかは現地に到着したらすぐに解る。特に上空から眺めていたら、な。それを確認して戻ったら、合計1日で帰って来れるだろ」
本気を出したらってそれは姉さんと母さんとかの話しでしょ?
「ゲオルグが半年間大人しくしている間に、皆飛行魔法が上達したから可能なはずだ。それにリリーとアリーなら、きっと半日で往復するだろうな」
父さんは少しだけ自慢げに話した。
でも自分が出来るとは言わないんだね。
まあ確かに父さんの言う通りなら、1日、少なくとも2日目には帰って来られるはずだな。
帰って来られるとして、帰って来ない理由は何だろう。
国境は何も変わった様子が無かった?
でもそれなら何もないという報告が来てもいいか。
それなら帰って来られない状況になっているとか。
例えば、何かを探ろうとして警備兵等に捕まった?
6人全員が捕まるほどマヌケじゃないだろう。
既に国境が魔物に襲われていて戦闘参加を余儀なくされている?
いやいや、それなら絶対に援軍を求めに来るだろ。
じゃあなんだ。帰って来ない理由は。
「まあ報告が来てないのなら此方も動きようがない。少ない情報で物事を考えても良い結果は生まれないさ。今日の夜か明日の朝には帰って来るだろう。少し落ち着いて静観しよう」
報告はまだかと煽ったのは父さんなのに自分1人だけ落ち着いちゃって狡い。こっちは色々と考えちゃって悶々としてるのに。
「じゃあ俺は急いで飛んで来て疲れているからちょっと寝るわ。報告が来たら教えてくれ」
そう言って父さんは自室に入って行った。
飛行魔法ってどれくらい疲れるんだろう。揺れる馬車や船とどっちが疲れるのかな。俺は飛べないから比べられないけど。
父さんが自室に籠って数時間後、遠くにある西の山に日が隠れ始めた頃、南方へ飛び立った団員の1人が帰って来た。
特に怪我をしたような様子が無かったことで、俺はほっと胸を撫で下ろした。




