第37話 俺は謹慎明けに家を飛び出す
やっっったあああ、漸く、ようやく謹慎が明けたあああ。
やっぱり半年は長かった。うん、長かったよ。
ずっと家に居る事でカエデ達とは仲良くなれたと思うけど、俺はもう家に居たくない。
さあラジオ体操が終わったら早速家を飛び出してマラソンに行こう。
ふぅ。まだ少し暑さが残る季節だが、朝の風は気持ちが良い。
調子に乗っていつもより少し長く遠くまで走ったけど、風に乗ってどこまでも走って行けそうだった。
大通りに並ぶ開店前の屋台を見たからか、お腹が空いたから帰りましょう、とマリーに言われなかったらずっと家に帰らなかっただろうな。
今日から王都は6日間誕生祭が行われる。村でも今日、俺の謹慎明けと共に誕生祭を行う。
俺も朝食後は高速船で村へ出発だ。
その前に、教会に行って神様にお供えをしよう。神様に挨拶するのも久しぶりだから、ちょっといいお酒を持って行こう。
教会でのお祈りを終え、船着場から高速艇で村に到着した。
半年ぶりに訪れた村は王都と違って、随分と新しい建設物が増えていた。
パスカル先生達を含めた移住者の住居。必要数以上に住居を建てたみたいで、5軒くらいの空き家が有った。俺が作った冷蔵庫等の魔導具も既に配置されているみたいだが、誰か入居する当てでもあるんだろうか。
温室は4棟新築されていた。
お香用とハーブティー用の温室が1棟ずつと、残り2棟は薬草用。薬草用の温室は今まで育ててきた薬草を増産する為。
王都ではニコルさんの診療所だけじゃなく、いつのまにか複数の診療所でも男爵家の薬草が使われているようで、父さんはそこへの販売を強化したい考えだ。
パスカル先生の奥さんであるイゾルデ先生が薬の調合も出来るようで、エステルさんの負担はそこまで増えないようだけど。
ただイゾルデ先生への負担は増えるんじゃないかな。俺の目の前にもの凄く立派な診療所が建っているんだけど。村に建っている普通の民家の3軒か4軒分くらいの敷地を占有しているぞ。先生1人しか医者は居ないのに、こんなデカい建物を建てて採算が取れるの?
「イゾルデ先生は軍では有名な先生だったから大丈夫でしょ。カエデ達の体調が崩れても先生に診てもらえるから助かるわ。それに、もしかしたらイゾルデ先生を慕う人達が村に移住して来るかもしれないから大きな物を建てたって言ってたわよ」
背負ったカエデをあやしながら、母さんが俺の心配に応える。
俺の心配を余所にサクラはアンナさんの背中で眠っている。
カエデとサクラは今回初めて村に来た。王都を出たのも初めてだ。
初めて乗った高速船の風や水飛沫にカエデは驚いて泣き喚き、サクラは船の揺れが心地よかったのか眠り始めた。
双子なのに性格が全く違う。カエデは船を降りて漸く泣き止んだが、サクラはまだ眠っている。
本当に双子かと思わなくもないが、顔は瓜二つなんだよな。2人とも母さんに良く似てるからきっと美人になる。
診療所を過ぎて少し歩くと、村に新しく出来た3軒の商店が見えてきた。
将来的に市場が出来る予定の土地に面した一等地に、3つの商店が軒を並べている。
左端の看板にはハンデル商会と書かれている。
冒険者として活躍するエルヴィンさんの実家で、革製品や織物の販売を得意としている商会だ。村では主に雑貨や衣類を取り扱っている。
真ん中の商店はヴルツェルフリーグ家のお店。主力製品は精肉や加工肉だが、小麦粉や野菜も販売している。
右は東方伯の出店。海で取れる魚介類を販売しているが、こちらでも小麦粉や野菜を購入可能だ。
ヴルツェルと東方伯は国内で西の端と東の端に位置し、まったく気候が違うため野菜も被りが少ない。アンナさんによると小麦も互いに種差が有って、パンにすると全然違うんだとか。
男爵邸でも偶に種類が変わる時が有ったんですけど、と言われたが俺には全く違いが解らなかった。とりあえず、毎日美味しいパンでしたと言っておいた。
この3軒の商店が完成した事で、男爵家は村の住民に対する衣と食の配給を停止した。
働いたことによる報酬で必要な物は商店で購入してもらう。偶の休みには小遣いを握り締めて王都へお買い物に出かけるのも良い。ロミルダなんかは月に1回以上は王都の図書館で本を読んでいた。
住居の費用は今の所まだ男爵家が負担している。老朽化等による修理費は払って貰うけどね。
それから、王都まで往復する高速船の船賃も村の住民は無料。
今年から学校に通う子供達はクロエさん以外孤児院出身。両親による稼ぎが無い子達だから授業料はこちらで持とうと思ってたら、ユリアーナさんに止められた。
折角父さんも支払う気になっていたのに。
でもユリアーナさんだけじゃなく子供達もそこまでは頼れないと言うから、子供達個人への奨学金とした。
授業料を男爵家が一時的に支払い、無利子で卒業後20年の分割払い。父さんもそれで納得。
孤児院出身の子達だけじゃなく他の子達も利用出来るよと告知すると、クロエさんも奨学金利用に手を挙げた。
こちらとしては特に問題無かったのでクロエさんの分もこちらで払ったが、父さんはヴルツェルの爺さんに怒られたそうだ。
爺さんは孫だと思っているクロエさんの授業料も生活費も自分で払いたかったらしい。
しかしクロエさんは学校に通わせてもらうだけで有り難いんだから、あまり爺さん達に迷惑を掛けたくないと奨学金を利用した。
最終的にはクロエさんの気持ちが通ったわけだが、爺さんと喧嘩した怒りで俺の謹慎期間が延びないかとヒヤヒヤしたもんだ。
そして4月から税の徴収が始まっている。去年は税は免除だったけど、今年は国が指定する税金の半分を男爵家が負担し、もう半分は住民達の負担だ。来年には全額住民達に負担してもらう。
うんうん、カエデは色鮮やかな衣装に興味があるんだね。
でも今日はこれから誕生祭が始まってちょっと忙しいから、明日またゆっくり見て回ろうね。
俺達はカエデの機嫌を損ねないように注意しながら、誕生祭の準備の為に村の男爵邸へと急いだ。




