第14話 俺は父に黙って話を進める
「ええぇ、クレメンス君のお姉さんを村に招きたいって?」
ニコルさんの診療所から帰って来た俺は、気分転換の為にお姉さんを村に招くのはどうかと提案した。
俺の提案に父さんは顔を顰めて返答する。
「どうやって村に誘うんだよ。南方伯になんて言うんだよ」
ええっと、病気療養中と聞いたので我が村で少しゆっくりしてはどうかと。
「知らない村に行くより、住み慣れた王都の邸宅の方が絶対にゆっくり出来るだろ。グリューンには温泉があるけど、村には保養施設は何も無いんだから」
あ、そうか。それならグリューンまで来てもらって、温泉でゆっくりしてもらうのが良いよね。
「あのなぁ、そんな簡単に言うけど、グリューンまで何日かかると思ってるんだよ。体調の悪い病人がちょっと行ってパッと帰って来れる距離じゃないんだぞ。それに温泉なら南方伯領に腐るほどあるわ」
流石にしつこく食い下がり過ぎたかな。父さんがちょっとイライラし始めたよ。
ここでそんなに大きな声を出したらカエデ達が起きちゃうよ。
「はあ。何度も言ってるけど、向こうから依頼が無い限り男爵家は動かないからな。ゲオルグも勝手な行動は慎むように」
は~い。分かりました。
カエデ達に免じてここは引き下がりましょう。
俺はカエデ達に挨拶をして、母さんの寝室を後にした。
翌日、クレメンスさんが泊まっている宿を訪ねた。
「男爵に紹介してもらった女医さんのおかげで姉は随分と元気になったんだが、薬の力だけでは完全には治らないと言われてしまった。どうしたらいいのか解らず、昨日は全然眠れなかったよ、ははは」
乾いた笑いで空元気を見せるクレメンスさんは、少し疲れた様な暗い表情をしていた。
その気持ちはわかるよ。
俺の場合は自分の病気だったけど、治らないという絶望を感じた時の気持ちはよく分かる。
だから俺は、父さんに止めろと言われても止められないんだ。
ニコルさんはお姉さんの体調不良の原因を精神的な物か呪いの類じゃないかと言ってましたけど、それについてクレメンスさんはどう思いますか?
「どう、と言われても。ただ、姉は他の医者の言う事よりは信じられると言っていた。診察も素早く的確で患者への負担が掛からないように配慮されていたし、薬の説明を求めると何でも答えてくれた、と。適当な病名を言ってよく解らない薬を処方して来る医者よりは信じられると。患者が医者の言う事を信じると言うのなら外野がとやかく言う必要は無い。僕には医療の事はよく解らないけど、姉の考えは尊重したいと思ってるよ」
ニコルさんはお姉さんにもきちんと説明したんだな。
原因が分からない、治せないと言われてもそれを言う医者の事を信じる、か。
あの時の絶望した俺は信じられなかった。良い先生だと人気があった市民病院の先生も、名医だと紹介された大学病院の先生も、誰も信じられなった。何件も、何十件も、色々な病院を巡った。もう行く病院が無くなって、俺は漸く、医者の言う事を信じた。
いや、それでも信じてなかったな。誰も信じず、治療も放棄して、死を受け入れた。医者を信じて治療を続けていたら、もうちょっと長生き出来たんだろうか。
「お~い、ゲオルグ君。起きてるか~」
クレメンスさんが俺の目の前で手を振っている。やだなぁ、起きてますよ。ちょっと思考が深くなっただけで。
「そうかそうか。昨日全然眠れなかったから、座って眠れるゲオルグ君を羨ましく思っちゃったよ。ははは」
暗く沈みそうになる雰囲気をクレメンスさんが無理矢理笑い飛ばす。
ははは、すみません、気を使ってもらって。マリーも後ろから小突かないで。
ところで話は変わるんですが、お姉さんの気分転換の為に我が村にいらっしゃらないかなと思いまして。今日はその相談に来たんですよ。
「なるほど、男爵家の村にね。確かに南方伯邸に籠ってじっとしているよりはいいと思うけど。それは男爵家からのお誘いと受け取って良いのかい?
いえ、その。父さんは絶対ダメだって言ってまして。
お姉さんの方からうちに来たいと言ってもらえると助かるかなぁって。
「それなら、王城で働く次兄に相談して僕ら2人が姉を招待する形にしようか。もちろん、滞在費は出してくれるんだよね?」
えっ。
あ、はい、もちろんです。クレメンスさんとお姉さんとお兄さんの分は任せてください。
「う~ん、姉さんは2人の娘を置いては行けないだろうなぁ。姉さんの体を心配している従者もついて来るだろうし、そうなると費用がねぇ」
すみません、間違えました。何人でも大丈夫です。費用の事は心配しないでください。でも、出来るだけ早めに人数を教えてもらえると助かります。
「ありがとう。じゃあさっそく次兄に手紙を書くよ。こちらの話が纏まったら男爵にお願いするからね」
先程までの空笑とは違い、クレメンスさんは良い笑顔をしていた。




